カルチャー
2015年まんが界事件簿【1】

2015年まんが界事件簿――【東村アキコ『ヒモザイル』騒動】が象徴したヒエラルキー

2015/12/30 21:00

◎強要されるヒエラルキー
 しかしもちろんそれを客観視・相対化することもできるのが東村先生の作家としての強度を保証していました。本作でもアシスタントに対して露悪的な体育会イズムを発揮しながら、それをギャグにまで昇華できていると東村先生は思っていたはずです。が、多くの読者はそう思ってはくれませんでした。それは本作の基調を為す「上下関係」が、ひたすら経済的な力関係であったからです。思い出してみてください、セレブママ友や東村先生の上から目線の言動を。そしてそれが何に由来していたかを。

 炎上後、さまざまな意見がネットには飛び交いました。擁護する記事もいくつか拝見しましたが、その多くが「このおもしろさがわからないなんて野暮だ」などと主張するのです。しかし、それは個人の感想であって論理にはなり得ません。ほかにも「プライドを傷つけられた男が怒っている」などと、これまた徒に男女を分断させるだけの安直で粗雑な推測もありましたが、これが事実だとしたら、男性誌にこの作品を描いてしまった東村先生の失敗ということになります。

 そしてその中のひとつに「ダイバーシティ」なんてそれっぽい言葉を使いながら、『ヒモザイル』は多様性の行き着く先の社会実験なのだ! などと主張するものがありましたが、何度読んでも意味がわかりませんでした。なぜなら『ヒモザイル』に描かれているのは、並行的で多様な生とは真逆の、経済的な成功者を頂点とした昔ながらのヒエラルキーであるからです。いったいこれのどこに新しさが?

 もちろんプライドを傷つけられて怒った男性もいたことでしょう。炎上に便乗して叩いた不心得者もいたことでしょう。しかし多くの人は、男女問わずこのバブル臭いヒエラルキーの押しつけに反応していたのではないでしょうか。格差が拡大しつつある今のこの国にあって、実はこここそが一番いじってはならない領域であったのです。商業的に成功してしまった東村先生は事前にそこに気づくことができなかった。それが今回の炎上の顛末ではないかと考えています。

 それにしても休載がつくづく残念でなりません。炎上したとはいえ、それはマンガの中で決着させてほしかったからです。あれだけ物議を醸した『東京タラレバ娘』(講談社)も、単行本4巻に入って物語世界は豊かな広がりを見せつつあります。そういうことができる作家であるのですから、『ヒモザイル』もいつかぜひ再開してほしいと願うのです。

小田真琴(おだ・まこと)
女子マンガ研究家。1977年生まれ。男。片思いしていた女子と共通の話題が欲しかったから……という不純な理由で少女マンガを読み始めるものの、いつの間にやらどっぷりはまって、ついには仕事にしてしまった。自宅の1室に本棚14竿を押しこみ、ほぼマンガ専用の書庫にしている。「SPUR」(集英社)にて「マンガの中の私たち」、「婦人画報」(ハースト婦人画報社)にて「小田真琴の現代コミック考」連載中

最終更新:2015/12/30 21:00
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