逃れられない母娘関係の呪縛……『お母さん、娘をやめていいですか?』が描く、“愛情”という名の暴力

2017/01/28 10:00

「ママには超能力があるんだと思う。だって、離れていても、私が困っているのがわかる」

 時に親友のように、時に恋人のように仲がよい母娘。

 娘は、仕事や恋愛の状況、悩みを逐一報告し、母はそれに丁寧に答えていく。母も娘も、お互いが誰よりも相手が自分をわかってくれる存在だと認め、誰よりも自分が相手のことをわかると自負している。

 そんな蜜月の関係の危うさを描いたのが『お母さん、娘をやめていいですか?』(NHK総合)だ。

 娘・美月を波瑠が、母・顕子を斉藤由貴が演じている。親子役がとてもしっくりくる2人だ。

 斉藤は『はね駒』(1986年)、波瑠は『あさが来た』(2015年)と、ともに朝ドラの主演を演じた2人が同じNHKドラマで母娘を演じているという関係性も面白い。

 この母娘は、ともに朝ドラヒロインのように「善良」な人だ。基本的に明るく前向きで、相手のことを思いやっている。この2人の関係性を、ドラマでは繰り返し描いている。

 たとえば、新築する家の壁紙とフローリングを画像で確認するシーンだ。

「これって、お願いした色?」

と聞き返す母は、頬に手を当て、何やら考えあぐねている。何か不服なことがあるときのクセらしい。

 そんな様子の母を見て、娘は言う。

「思ったより、濃くない?」
「そう、ママもそう思う」

 2人の意向を受け、業者が少し薄い色に替えると、母が満足げな顔をする。

 それを見た娘は、すかさず言うのだ。

「うん、いい! 私、こっちのほうが好き!」
「そう? みっちゃんがそう言うのなら、そうしようか」

 母は、娘を思いやって自分の意見を主張せず、娘の好みに合わせようとする。娘は、母を思いやって母の意見を先回りしてくみ取り、自分の意見のように主張する。そうして母は、娘の意見として、自分の思い通りに事を運んでいく。そこに、娘の本当の好みは入っていない。母の好みをくんだ上での好みだ。

 ここでのポイントは、どちらもまったく悪気がないことだ。むしろ、お互いにお互いを思いやり尊重し、“共犯関係”が成立している。

 そんな2人がひとりの男性と出会うことによって、その関係性に歪みが生じてくる。

 彼女たちが家を新築する際、担当となった現場監督・松島(柳楽優弥)である。

 母が人形作りのアシスタントをしているのも、子どもを自分の分身=人形のように扱うメタファーだろうし、この家族が家の新築を始めたのも、これから彼女たちの関係性を再構築するメタファーだろう。それを“指揮”することになるのが、松島なのだ。

 彼は、持ち前の人懐っこさと積極性で、2人の間に入り込んでいく。

 最初に彼に好感を持った母は、「なんかお似合いね」「(松島を)デートに誘っていいわよ」と美月に提案する。

 娘は困惑するが、母に勧められたから渋々了承するのだ。

 母娘の関係性に亀裂が入ったのは、このデートが発端だった。

 そこで娘は、母が2人を尾行している姿を見てしまう。

「超能力がある」みたいに自分のことをわかってくれるのは、実は母が彼女を尾行したり、日記を盗み見たりして監視していたからだったのだ。動揺する娘に、彼は「もっと自分の好みを主張したほうがいい」と諭す。「自分の好みを言っている」と反論する彼女に、彼はこう返す。
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「僕も母の顔色ばっかり見る子どもだったんで、君のことが全部わかる」

 お互いがお互いを「全部わかる」と思い合う関係。それは一見、幸福だが、一皮むけば恐怖にほかならない。気持ちなんて、自分にだってわからない。にもかかわらず、愛情さえあれば相手の気持がわかる、と錯覚してしまう。

「全部わかる」は、「そんなはずじゃない」に一瞬で変容する。自分が思っている相手の像とは違う言動を目にしてしまったら、「そんなの、本当のあなたではない」と思ってしまう。

 それは愛情の暴力だ。そこに「愛しているから」とか「思いやっているから」という“正義”が入っているから、たちが悪い。

 悪気のない正義ほど、強く、怖いものはないのだ。お互いがお互いを好きすぎることから生じる歪み。それはあまりにも切なく、恐ろしい。ホームドラマであり、母娘の“ラブ”ストーリーであり、サイコ・ホラーかのようでもある。

 母娘は、ついにぶつかり叫び合う。

「あなたの気持ちをこの世で一番大事に思っているのは、ママなのよ!」
「それ、私の気持ちじゃない!」

 彼女たちの大きな目が、震えている。

 そう、このドラマは目が印象的なドラマだ。みんな目が強い。斉藤由貴の常に狂気をはらんだ目と、波瑠の常に何かに戸惑っているような目、そして、柳楽優弥の力強く見据えているようで、どこかくすんでいる目。

 第3話以降、母の「暴走」が本格化していくという。そのとき、彼女たちの目は、どのように変化していくのだろうか?
(文=てれびのスキマ <a href=”http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/” target=”_blank”><u>http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/</u></a>)

最終更新:2017/01/28 10:00
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