[官能小説レビュー]

「虫を踏み潰す」女子大生と「それを見る」教授――フェチ行為の切なさを描く『こじれたふたり』

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『こじれたふたり』 (文春文庫)

■今回の官能小説
『かげろう稲妻水の月』(坂井希久子、文春文庫『こじれたふたり』より)

 自分では普通であったつもりが、友人との会話の中で、それが「普通ではなかった」と感じることがある。ヌーディズムなどは割と一般的だろうか。筆者には「風呂上がりは家族全員裸だった」という話を複数の友人から聞き、驚いた経験もある。

 「こうしていると気持ちいい」と快楽を追求していくうちに、ごく自然にそういったフェチにたどり着いたのだろう。さまざまな方法で「気持ちよさ」を探索する私たちは、性的な快楽に囚われているようにも感じられる。今回ご紹介する『こじれたふたり』(文春文庫)は、変わったフェチシズムを持つ人物が登場する短編集だ。

 『かげろう稲妻水の月』の主人公は、一見ごく一般的な女子大生。だが彼女は、彼女が通う大学の柿崎教授との間にとある秘密を持っている。

 ある日、再テストのお願いをするために柿崎教授を訪ねた主人公は、再テストの代わりに「シュークリームを踏んでほしい」と柿崎教授に依頼される。彼女が椅子から立ち上がり、床に置かれているシュークリームをハイヒールで踏み潰すと、柿崎教授はクリームがたっぷりついた靴を舐めるわけでもなく、その後主人公を抱くこともなく、その様子をじっと見届けてから、満足そうに「お帰りなさい」と、退室を促した。

 その一件から、主人公と柿崎教授の奇妙な関係が始まる。実は柿崎教授は、ゴカイやカマキリなどの小さな昆虫を踏み潰し、その様子を至近距離で眺めることで快感を得るというフェチを持っていた。あらゆる場所へ行き、あらゆる虫を踏み続ける主人公と、それを眺める柿崎教授。彼はその惨殺現場に性的な快楽を、一方で主人公は命の儚さを感じていた。

 主人公は中学二年生のとき、突然父親を亡くした過去を持つ。頭を打った翌日に亡くなった父を見て、人が死ぬことのあっけなさを感じ、その空虚な思いを埋めるように誰とでも寝るようになった。柿崎教授が髪を撫でる仕草や些細な言葉の節々に、亡き父の姿を重ねる主人公は、次第に男としての彼に惹かれ、主人を失った父の書斎で、柿崎教授を思いながら自慰行為に耽るようになる。そんな奇妙な関係の2人は、ある日遠出をして阿波踊りを見にいくことになるのだが――。

 虫を踏み潰すという行為によって快楽を得ていた柿崎教授。しかし、踏み潰す側の主人公にとって、それは、「父の死から解放される行為」だったのではないだろうか。

 2人で同じ行為を行いながらも、柿崎教授は死を求め、主人公は死から解放され、柿崎教授とつながることを求める……そんな対極の感情を抱いているのが非常に興味深いのだ。それはつまり、行為の相手が「虫を踏み潰す女性」ならば誰でもいい柿崎教授とは違い、主人公にとってはその行為の相手こそが重要ということ。もっと言うと、柿崎教授は1人でも成立する快楽を、主人公はこの2人だからこそ成立する快楽を求めていたことになる。

 利害関係は一致していても、決して交わることのできない2人のゆがんだ関係は、壮絶なラストシーンにつながってゆく。主人公の柿崎教授に対しての報われない想いは、読み進めていくうちに胸が苦しくなる。この物語は、悲しくこじれつつも、純愛ストーリーであると筆者の目に映った。
(いしいのりえ)

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