[官能小説レビュー]

100年たっても愛される情念の歌集、与謝野晶子『みだれ髪』を官能作品として読む

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『みだれ髪』(新潮社)

■今回の官能作品
『みだれ髪』(与謝野晶子、新潮社)

 今の時代は、誰しもある程度自由に恋愛をすることができるし、そのことを自ら発言することもできる。例えば、世間的に批判される不倫という恋を選んだとしても、インターネット上でその恋愛について語ることができるし、共感を得てくれる同志にネット上で会うこともできるのだ。

 しかしこれが母親の世代、祖母の世代だったらどうだろう。不貞はもちろん、女性側から情熱的に男性を愛することすら軽蔑された時代だ。子を産むため、子孫を残すため、男と女がつながる目的は恋愛ではなく“家”であった。


 そんな時代に堂々と女の情熱を描いた歌人・与謝野晶子。今回は少し趣向を変えて、彼女の代表作『みだれ髪』(角川春樹事務所)の中に点在する“官能”を紐解いてみようと思う。

 『みだれ髪』が刊行されたのは、今から100年以上前の1901年。収録されている作品のほとんどは、家庭を持つ与謝野鉄幹への情熱的な思いをつづった歌である。彼女の歌は、女独特の色気や、女の黒さも表現されている。例えば、誰もが一度は聞いたことがあるだろう、この作品もそうだ。

 「その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな」(訳:若い女性の流れるような黒髪の美しさ。そんなことを誇らしく感じる青春時代は、なんと美しいのだろう)。これは「女は慎ましくあれ」という時代への、女の反抗心を詠んだ歌である。また、「人の子の恋をもとむる唇に毒ある蜜をわれぬらむ願い」(訳:迷い多き人間が甘さだけを欲しがって恋を求めるのならば、私はその唇に毒の入った蜜を塗りましょう。そんな願いを持っています)は、恋は決して甘美なものではない、苦痛をも味わうことこそが恋という歌で、妻と子を持つ鉄幹に恋いこがれていた晶子だからこそ歌える作品だ。

 ほかにも晶子は、当時の女性たちにとって“タブー”とされていた性愛にも強く関心を持ち、歌によってそれを世に知らしめた。例えば、この作品がそうだ。「乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅ぞ濃き」(訳:乳房を押さえながら、私は性愛という神秘のベールをそっと蹴りそこへ入ったのです。燃える心と体を包む愛の園。そこに咲く花の紅のなんと濃いこと)。この作品は、男と寝ている晶子自身のことを詠んだのではないかと私は思う。愛する男に抱かれて果てるという快楽の頂点に足を踏み入れたときの、女の生々しいほどに鮮烈な様子が描かれている。

 時代に左右されることなく、何の躊躇もせずに、自らの女の部分を歌に込めて発表していた晶子。家庭を捨て、彼女を選ぶことになった鉄幹とともに、世間からは激しい誹謗中傷を受けて裁判沙汰となったというが、両親や親戚、それまで周りにいた大勢の友人たちを敵に回してまで、鉄幹を愛することを決めた彼女の歌からは、現代の女性たちには到底抱けない、強い意志を感じるのだ。

 社会にすら背を向けるというほどの行為だった「既婚男性を愛すること」は、現代では、そのタブー感もすっかり薄らいでしまった。晶子ほどの強い意志を持って、既婚男性を愛する覚悟を持つ女性も少なくなっただろう。情報過多な時代により感情が希薄になった現代の女性たちにとって、『みだれ髪』のような激しい恋心を抱くことは、一種の“あこがれ”になっているからこそ、100年の時を経ても愛されているのではないか、と思う。

 官能作品を読むとき、私たち読者は単純にセックスシーンに心をたぎらせたり、ストレートな恋愛描写に心を寄せたりする。けれど、『みだれ髪』に収録されている短歌の数々には、どこにも直接的な性描写は描かれていない。しかし晶子が選ぶ言葉の数々を目で追い、心で咀嚼してゆくたびに、晶子のように性愛を真正面から受け止めようとする自分自身に気づくのではないだろうか。それもまた、官能の楽しみ方の1つである。
(いしいのりえ)
※作品とその訳は『みだれ髪』(新潮社)より引用しています。

みだれ髪が色っぽく見える時期っていつまでだろう……

しぃちゃん

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