『親を、どうする?』ブックレビュー

『親を、どうする?』――老いる親と絡み合う、自分の人生の不安も「それでいい」

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『親を、どうする?』(実業之日本社)

 この年末年始、実家に帰省した人は多かっただろう。久しぶりに見る親が、予想以上に年老いていて驚いた人もいるのではないだろうか。これから年老いていく一方の親を、どうする? そんな不安をズバリタイトルにしたのが、このコミック『親を、どうする?』(実業之日本社)だ。

 そんなこと、今は考えたくない。何かあった時に考えればいい。そう思って先送りしている人もいると思う。コミックとはいえ、わざわざ不安と向き合うような本なんて読みたくない。そう思う気持ちもよくわかる。ただ「所詮マンガ」と思っているなら、それは大間違い。いい意味で期待を裏切られる。正直なところ、「所詮マンガ」と見くびっていたのはこの私だ。それが読み始めるやいなや、そんな先入観は消え去った。降参だ。

 この手の本や映画は、介護や老いた親と接してきた者からすると突っ込みどころ満載で、今ひとつ物語の中に入り込めないのだが、とにかくリアルで説得力がある。そのくせ、押しつけがましくない。上から目線でもない。「介護ってこんなに大変」でもないし、国の施策を非難するわけでもない。声高に何かを主張するわけじゃないが、静かに胸に迫ってくる。ほのぼのとしたタッチながら、いやほのぼのとしているだけに、ずっしりとその重みが響く。全てがちょうどいい具合。だから参りました、というわけだ。

 前置きが長くなった。人生において、「介護」や「老後」が独立して存在するわけではない。長い人生のほんの一部だし、それを取り巻く家族の人生も絡み合っている。介護を受けていても、親の人生は親が主役だし、介護する側も同様だ。だから「アラフォー女子」と一括りに言っても、一人ひとりまったく違う物語がある。

 主人公はアラフォーおひとりさまのカスミ、共働き夫婦のハルカ、シングルマザーのサヨの元同級生3人。誰もがいわゆる“標準的な家族構成”ではない。それなのに、いろんな場面での彼女たちの本音に「わかる」「あるある」と共感してしまう。ほんの1コマ、一言のセリフに自分を投影するのだ。

 カスミの祖父は脳出血で倒れ入院中。介護する嫁、カスミの母も腰を痛めた。ハルカの義母は認知症を発症する。サヨは同居する父親が末期ガンと診断される。親の老いや死、その陰にチラつく自分の老後。それぞれの家族の形があって、思いがある。(ただありがちな親族同士の介護の押し付け合いもなく、あまりに皆がいい人すぎる気はするが)

 さて身もふたもないようだが、この本を読み終わっても「親を、どうする?」という読み手の不安は消えない。正解を示されることもない。けれども、「それでいいよ」と言われているような安心感が残る。そう。方法は1つじゃない。やり方を押しつけてはいけない。

 たくさんの共感できるセリフの中で、一際胸に響いたセリフがある。ハルカが頼んだ傾聴ボランティアやヘルパーが、自身の介護経験をハルカにペラペラとしゃべり続ける。「私、ゆっくり休みたくてあなたを頼んだんですけど」と言うハルカ。「苦労してきている人ほどそうなる」「みんな、消化しきれていないものがあるのね」というハルカの独白は、これまで指摘されてこなかった現実だと思う。育児経験に似ている。人生ベテランの域に達した女の陥りやすいパターンだ。自戒せねば。

 というわけで、「親を、どうする?」という思いが切実な人はもちろん、もう過ぎたという人も、考えてもいないという人も、絶対どこかに共感ポイントはあると思う。蛇足だが実は私、この本を図書館にリクエストしていた。ところが、私の住む自治体の図書館はこの本を購入してくれなかった。理由は「マンガだから」。『のだめカンタービレ』(講談社)も『ドラえもん』(小学館)も『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)も揃っているのに? この境界はどこに? カテゴリー分けするなら、確かに「マンガ」だ。ではあるが、そう言い切ってしまうのはあまりにもったいない。図書館にあればいいってもんでもないけどね。

大事にしたい、だけど苦しい、それでいいんだよ

しぃちゃん

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