[女性誌速攻レビュー]「婦人公論」1月22日号

「婦人公論」のさかもと未明×くわばたりえ対談に共感できない理由

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「婦人公論」1月22日号(中央公論新
社)

 2013年初の「婦人公論」(中央公論新社)、特集は「今年は、幸運を積み重ねる生き方を」です。冒頭には視座のお高い女性たちのカリスマ、思想家・武道家の内田樹が登場し「幸せではなく“仕合わせ”になる」と説いています。内田氏曰く「仕合わす=出合うべきものと出合うこと」であり、「仕合わせ」になるためには、まず「自分が何を求めているのか」を知らなければならないと。ありがたい系話の定番である、このような“言葉のパラダイムチェンジ”に一体どれだけの人が「目からウロコっす!」となるのか、常々疑問ではありますが、それ以前として「婦人公論読者が求めるもの」っていったらアレですよ。快楽(を伴ったセックス)ですよ、内田先生!

 正体不明の「幸せ」に翻弄され続ける現代において、婦人公論的「幸運を積み重ねる生き方」とはどんなものであるのか、さっそく中身を拝見したいと思います。

<トピックス>
◎今年は、幸運を積み重ねる生き方を
◎くわばたりえ×さかもと未明 母の不安か、客の怒りか。私たち、意見が合いません
◎荻野目慶子 阿修羅のように生きて、今の私がある

成功者が語る「幸運」の秘訣に違和感

 「今年は、幸運を積み重ねる生き方を」特集、作家の佐藤愛子、萩本欽一、LiLiCoらが登場し「自分がいかにして幸せをつかみ取ったか」を語っています。「昔は親も学校の先生も本当に勝手でね、絶対的な力を持っていて、刃向うことなんかできない。(中略)子どもは無力感のなかで、その理不尽さを我慢するしかないんです」。今はそういう忍耐力が欠如しており、結果昨今の日本の凋落につながっていると語るのは佐藤愛子。先の東日本大震災を例に挙げ「この国の波動が高ければ神様もそれに応えて国を守ってくださるのではないかと。この国の波動がこんなに物質的になってしまっては、何も神に届かない。守護は得られなくなっていくのではないかと」と驚きの持論を展開させていました。我々ニッポン人はドMとして生きていくしか、神のご加護を授かる方法はないのですね。

 愛子先生ほど極端ではないとしても、欽ちゃんもLiLiCoも「苦労があったからこそ今の幸せがある」という論調。最近自らの激動の半生をテレビでつまびらかにしたLiLiCoは「悲しい顔をしていると、運が逃げていく。明るく笑っていれば自然と人が寄ってくるし、いろいろな縁が生まれるのです」とスーパーポジティブっぷりをかましていました。佐藤愛子先生の「忍耐力」も然り、「辛いことがあってもいつも笑顔で」というのは一見素晴らしい教えのように見えて、一種の“思考停止”状態だと思うのですよ。嫁姑、夫婦、成人した子どもとの関係……異なる価値観を持つ世代に挟まれ、規範と感情の間で悶々としている「婦人公論」読者世代。そして日々積み重ねた小さな我慢を吐き出し、共有する場所こそが「婦人公論」です。思考停止に陥った女たちを目覚めさせるのが本懐ですから、成功者ロジックにおける「おしん論」は予定調和にしか感じられないのが正直なところ。

 ポジティブシンキングに支配されたこの特集の中でも、やはり異彩を放っていたのは「婦人公論」恒例・読者体験手記。「笑顔に幸福だぁ?」とばかりに付けられたタイトルが「疫病神はあいつだ!」。「顔以外に取り柄の無いイケメン夫に翻弄される私ってかわいそう」「離婚した女友達のためを思って彼女の売る補整下着を買ったのに、あの子ったらまた金持ちと再婚して!」など、“私が幸せになれないのはアイツのせい!”と責任転嫁する女たちの本音にホッと胸を撫で下ろした次第です。「婦人公論」はホント、いいオチ持ってますよね~。

タレントの知名度UPに育児ネタを使わないで

 今号は特集のほかにも「荻野目慶子 阿修羅のように生きて、いまの私がある」「明菜と聖子の明暗30年、それは私たちの人生そのもの(山田美保子)」など、タイトルだけで痺れるようなページが盛りだくさん。その中でも「母の不安か、客の怒りか。私たち、意見が合いません」は、「乳幼児にブチ切れおばさん」ことさかもと未明と、「しんどいよな」というブログ記事が話題になったくわばたりえの対談という、まさにしんどそうな内容です。

 今や「子育てママの代表」という風格のくわばたりえ。外国人男性から聞いた「日本ではファミレスでみんなが静かに食事をするのに驚いた。子どもは走り回るのが当たり前」という話をブログに載せ「くわばたは子どもが走り回れるファミレスが理想だと主張している」と広まり炎上。30万するシャネルのマザーバッグを買った、3万する授乳時計を買ったなどと書いてファイヤーした長谷川理恵とはまったく違う観点から、厳しい目に晒されています。

 そもそも件のファミレスの記事を書いたのは「ネットで未明さんの飛行機の一件を知ったから」だと話すくわばた。さぞかし厳しく追及するものと思いきや「ただ、ご本人が書かれた雑誌の記事を読んだら、後日、JALに取材を申し込んで、話を聞いたりしている。ただのうるさいおばはんじゃないなとは思いました」と、入りのトーンは若干抑え目。JALに取材を申し込んだことが一番ヤバイところなんじゃないかと思うのですが……。対するさかもとも「あんな文章を書いたら『嫌なクレーマーおばさん』になるっていうのは、承知の上です」と、これまたトンチンカンな受け答えをしています。あなたのことを誰も「嫌なクレーマーおばさん」とは思っていません。ただひたすらに「ヤバイおばさん」という認識です。

 「乗せたくて乗せてるわけじゃない。仕方なくの場合もある。一番つらいのは泣きやまない子どものママ(くわばた)」「だからこそそんなにつらい思いをしてまで、乗る必要があるのかっていうこと(さかもと)」と、全く噛み合わないお二人の会話。さかもとが「やっぱり公共の場所では騒がないように、きちんとしつけしなくちゃ。それが母親の愛情というもの」と言えば「一生懸命しつけようとして、なかなか言うことを聞かなくて、ときには行き過ぎたりして。(中略)ところがそんな母親たちに対して、世間はいまひとつ『優しく』ない」と返すくわばた。お互い質の違う正義を振りかざし合った結果、お母さんを過剰に擁護するくわばたにも、いつのまにか世間の代表のような顔をしてマナーを語るさかもとにも、どちらにも1ミリも共感できずじまいの対談でした。

 母親VS世間の代理戦争としては、稚拙かつリアリティがないんです。「母親」だって少なからず「世間」であるし、「世間」だって子育て家族を内包している。そういう観点がないと、問題解決どころか結局は「炎上」として処理されるだけですからね。一番恐ろしいのは、問題の本質まで燃えてしまい、「なかったこと」になってしまうことだと思うのですが。

 新春一発目から、女たちの情念が濃厚てんこ盛りだった「婦人公論」。幸運特集で紹介されていた「願いをこめた手作り開運お守り」でも縫って、2013年が少しでも心安らかに過ごせるようにお祈りしたいと思います。なんでも「完成したお守りを人にあげれば、作る楽しさも願いが叶う喜びも倍増」とありますので、みなさんもぜひ一針一針念を込めた手作りお守りを大事な人にプレゼントして、ドン引かれてくださいませ。もちろんお守りの中には「快楽成就」のお札入り!
(西澤千央)

自分の「正義」を疑わない人が一番厄介

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