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『職業=田原俊彦―「ありがとう」、
それだけが伝わるならいいのに。』
著:田原俊彦/ロングセラーズ刊

――芸能界を牛耳る巨大アイドル帝国・ジャニーズ事務所。ジャニー喜多川社長率いる、この帝国からは数々のスターが誕生した。郷ひろみ、近藤真彦、田原俊彦、少年隊、光GENJI、SMAP、そして嵐――。しかし、この帝国の内政が語られることは決してない。鉄壁のベールに包まれた帝国の光と闇を、数々の ジャニーズ非公式本から探っていく。

 9月1日に、歌手デビュー30周年を記念したベストアルバム『30th Anniversary BEST』を発売する、田原俊彦。同3日からは、ツアー『TOSHIHIKO TAHARA DOUBLE T TOUR2010』をスタートさせるなど、精力的に活動してはいるようだが、テレビで見る機会がほどんどない現在の姿は、かつての輝きを知る者の目には、いかにも寂しく映ってしまう。

 たのきんトリオで一世を風靡し、"抱かれたい男"ランキングの上位を欲しいままにしていたトシちゃんが、なぜここまで寂しい芸能活動を余儀なくされてしまったのか。大きな原因のひとつとされているのは、やはり「ビッグ発言」だ。1994年2月、長女が誕生したことを報告する記者会見で、

「何事も隠密にやりたかったけど、ボクぐらいビッグになってしまうと......」

 と発言し、トシちゃんは「生意気だ」「調子に乗っている」とマスコミに袋叩きにされてしまったのである。トシちゃんは、なぜこんなことを言ってしまったのか。

 昨年、トシちゃんが上梓した自伝『職業=田原俊彦 「ありがとう」、それだけが伝わるならいいのに。』(KKロングセラーズ)には、この「ビッグ発言」の真相が初めて明かされている。


ほんの冗談のつもりで言ったこの発言は、その前後にあった言葉がまるまる省かれた。そこの部分を省略しなければすぐに冗談と分かるような内容だったのに......

 なんでもマスコミは、長女の誕生の前後、妊娠中の奥さんや、甲府の実家に住む母親と妹までも追いかけ回していたという。そんなイライラが頂点に達し、それでも家族の安全を守らないといけないという思いから開いたのが、あの会見だったそうだ。では、"前後にあった言葉"とはいったい、何だったのか。同著には、


今日はお忙しい中、マスコミ嫌いの田原俊彦のために、こうしたお暇な時間にお集りいただいてありがとうございます

 と取材陣に挨拶をしてから、会見をスタートさせたとある。

「会見場に入ってくるときから記者たちをにらみ付け、その挨拶も、敵意剥き出しの表情だったことを、よく覚えています」(当時を知る芸能リポーター)

 これでは"省略"があってもなくてもも、冗談にはならなかったような気もするが......。


今もおふくろに会うと、「まだ、生きていたのか?」などときついジョークを言ってしまい、おふくろはショックを受けるらしい

 同著にはこんな一文もあることから、どうやらトシちゃんの冗談は、いまいち冗談として人に伝わらない、そんな残念な個性、特徴があるようだ。

 これは、現在、絶賛更新中のトシちゃんのブログ『Ones upon atime in japan』からも、十分過ぎるほどに見て取れる。同ブログは、ファンからのメールにトシちゃんが答えるスタイルで綴られているのだが、6月には、"第二の田原俊彦をプロデュースして欲しい"というファンからのメールに、

「田原俊彦を超えるアーティストなんて絶対できましぇ〜〜ん! マイケル・ジャクソンは世界にたった1人しか存在しなかったように......(中略)妖精は絶対にいるんだよ。トゥインクル! トゥインクル!」

 と異常なハイテンションで答え、最後には、聞かれてもいないのに「僕、クスリやってませんから!」という危険な発言まで飛び出す始末。つい先日の7月12日のエントリーでも、

「久しぶりの京都、すごく楽しみにしています。いけず~~~! しないでネ。イク~~~~~!」

 と、ヒドいシモネタでその日のブログを締めくくっているのだ。同ブログは、ほとんどが、こうしたハイテンションで綴られており、ほかにも自虐ネタあり、ジャニーズ時代のヤンチャ自慢ありと、やりたい放題。"トシちゃん節"ともいうべき、ちょっと危なっかしい独自の文体が特徴といえば特徴なのだが、よほどのファンかマニアでない限り、「大丈夫なの?」と心配になること請け合いの仕上がりとなっているのだ。

 このブログと同著を併せて読むと、昔からトシちゃんは変わっておらず、あの「ビッグ発言」こそが、最大の"トシちゃん節"だったのだということに、気づかされる次第だ。そういう意味では、トシちゃんを知るに最適といえるが、自伝としては内容的に物足りなさは否めない。


(独立後)見えない圧力は確実にあるかもしれない

(退職金が少なく)十五年間も必死に働いた僕の、事務所に対する貢献度はこの程度のものなのかと少し肩を落とした

 と、ジャニーズ事務所への複雑な思いも吐露してはいるのだが、それよりも「ジャニーさんの最高傑作になりたかった」「ジャニーさんは真のクリエイター」など、賞賛や感謝の言葉、楽しいエピソードばかりが綴られているのだ。

「デビューの経緯にしても、高校一年のときに六本木の事務所を自ら訪ねたと綴られていますが、新宿二丁目でスカウトされたという説もある。また、ジャニー氏のホモセクハラはあったのか、89年に流出した全裸写真の真実、また97年に契約目前までいきながらエイベックス移籍がかなわなかった背景になにがあったのかなど、ファンや世間が知りたいことは、まだたくさんあったんですが......」(前出・芸能リポーター)

 今後も芸能界で生きていこうとしているタレントとしては、これが限界だったのだろう。ただ興味深いのは、「(ジャニーさんは)当時はお母さんのような存在にも思えた」「(中学生活を振り返り)野球と不良の「両刀使い」は、さすがに無理だった」と、サブリミナル的に、意味深な言葉が散りばめられていること。これも"トシちゃん節"のひとつなのか......。


『職業=田原俊彦』


ファンも大変だろうね


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