精神保健福祉士/社会福祉士・斉藤章佳さん×ライター・姫野桂さん対談(後編)

万引き依存症と発達障害から考える、現代人に普遍的な“生きづらさ”解決策はあるのか?

2018/10/19 15:00

自分の弱さを認めることが、依存症からの回復につながる

『万引き依存症』(イースト・プレス)

姫野 生きるか死ぬかとは、どんな状況だったのですか?

斉藤 大学生最後の春休みに1カ月半ほど、沖縄で所持物を失い、ホームレスになりました。高校生の頃に熱中していたサッカーを足の故障でやめざるを得なくなった結果、大学時代には腐っていたんですよ。チューイング行為だけが当時の精神的な支えでした。その頃、実家から離れて1人で沖縄に行ったら、ある夜に洋服以外、全ての持ち物を盗られてしまったんです。完全に無一文になり、公園で途方に暮れていると、そこにいたホームレスが僕を見つけて声を掛けてくれました。そこでサッカーでの挫折やチューイングへの耽溺を話したんですね。そんな話を他者にしたのはそのときが初めてでしたが、相手はただただ聞いてくれて、誰かに話すとこんなに楽になるのかと気づきました。それから1カ月は、働き口や寝る場所を得るために、自分がホームレスになった経緯を毎回相手に話して回ったんです。依存症の棚卸しみたいですね。初めて生きるために仕事をしなければならない状況に直面したことは、それまでの価値観が変わる大きなきっかけでした。

姫野 生きづらさの根源にある、自分のウィークポイントを受け止めることは大事ですよね。

斉藤 自分の弱さが相手の力になるという逆説的なサイクルが、依存症の世界にはありますね。自分の非を認めると、少しずつ他者とつながれるようになり、それが依存症を手放すきっかけになる。このような回復のプロセスは、あらゆる種類の依存症の人がたどるものです。もちろん万引き依存症も含めてですが。

姫野 他者とのつながりを持つ場として、発達障害には当事者会というものがあります。そこでは、お互いの悩みも打ち明けたりするそうなのですが、参加する人から、たまに人間関係のトラブルがあると聞くんですよね……。

斉藤 その点については、発達障害と万引き依存症の大きな相違点かもしれません。万引き依存症にも自助グループはあるんですが、ここでキーとなるのは“共感”なんです。自分も感じているような生きづらさを他人が語るので、「自分はひとりじゃない」という温かさを心に得られるようになり、「万引きに依存しなくてもいい」と思えるようになる。この方法が発達障害の当事者会で通用するかというと、難しい部分もありそうです。「自分だけじゃないんだ」というベースの部分はわかり合えても、参加者の各エピソードに対する受け取り方は、人により多種多様なのでは?

姫野 共感でなく、主張のぶつけ合いになるリスクは高いですね。発達障害の当事者会は個性が強い人たちの集まりになりますから、議論になる可能性も高まります。発達障害と万引き依存症では、回復のアプローチはまた別種になりそうですね。

斉藤 もちろん依存症の自助グループでも、途中で機能しなくなることはありますよ。誰かが先生になって導こうとしたり、グループ内の誰かを支配しようとしたりすると、やはりそのグループは続かないです。共感というのが必要なんですよね。

私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音
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