[官能小説レビュー]

官能小説として読む“阿部定事件”――「オチンコを憎んでいる」女の性愛を考える

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『定、吉ふたり』(双葉社)

 これまでの日本で女性が犯罪者となった事件で、誰もがすぐに思い浮かぶのが「阿部定事件」ではないだろうか。

 幼い頃から男好きする容姿を持ち、数え切れない男たちに抱かれ、芸妓屋や遊郭を転々としていた女・定が、愛する男・石田吉蔵を絞殺した……という昭和初期の事件だ。

 80年以上も語り継がれているこの事件は、なぜ私たちを魅了し続けているのだろう。その理由を“官能小説”という形で、草凪優氏と橘真児氏の気鋭作家が紐解いた作品が、今回ご紹介する『定、吉ふたり』(双葉社)だ。

 本作は、草凪氏が書く定の章と、橘氏が書く被害者・吉蔵の章で構成されている。定については、これまでに数え切れないほどのノンフィクションや小説などが出版されているが、被害者の吉蔵の側面から事件が書かれている作品は珍しいのではないだろうか。

 定の章「定――待ちわびて」には、幼い頃から吉蔵と出会うまでの定の歴史が綴られながら、官能的なシーンが濃く盛り込まれている。老舗畳屋に生まれた定は、14歳の頃に友人宅で慶應大生にレイプされたことから、不良仲間と交遊し始める。そして、男遊びが絶えない定に激昂した父により、芸妓屋に売られてしまうのだ。

「あたしはオチンコを憎んでいる」

 冒頭の一行が、定の人生全てを物語っているように思う。定は、男好きする美貌を持って生まれたために、14歳の少女時代に無理矢理“女”にさせられてしまった。そうして、男に抱かれることしか知らずに育った結果、ほかの女たちよりセックスのことを知っているものの、“恋”については知らずに大人になってしまったのだ。

 しかし、淫売を営み、娼婦として日本中を転々とし、東京の割烹店の女中となった先で、定は運命の人物・吉蔵と出会う。彼は、定が初めて“恋”をした男だった。

 吉蔵の章「吉蔵――罪も報いも」は、2人のなまめかしいセックスシーンから始まる。結合しながらの絞殺によって死亡した吉蔵は、魂だけの存在になって、自身が死亡した後の流れを傍観する。切り取った淫部に頬ずりをし、挿入しようとする定を茫然と眺めるしかない吉蔵。魂の抜けた吉蔵の太腿には、彼の血で「定吉二人」と書かれていた――。

 この物語のタイトルにもなっている血文字。現代であればともかく、昭和初期の時代に、「定吉二人」と、男を立てずに、女性である“定”の名前を先に書いているところが、この事件の核を象徴しているのではないだろうか。

 強姦されたことから運命を狂わされ、しかし男に体を売ることでしか生きる術がなかった定。男に対して何の希望も見いだせずに、ただその性を憎むことしかできずにいた中、初めて恋心を抱いた――“官能”という視点から、この事件を考えると、唯一その想いを成就させる方法こそ、愛した男の“オチンコ”を切り取ることであったと思えてくる。最も絶望的な形で“恋”を実らせた定。彼女は淫部を手にするという形で、最愛の男を“手に入れたい”という征服欲を満たしたのではないだろうか。
(いしいのりえ)

晩年の定が、おにぎり屋をやっていたというエピソードが好き

しぃちゃん

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