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私と沙世は、今、いくつかの出版社と仕事をしています。
今日は、つい先日、その中のひとつの出版社の男性編集者と原稿のやり取りをする中で、その方の女性差別をはっきり感じ取った話をします。
(イビサの話はまた今度)

その原稿は、一夫一妻制の日本社会の中で、試行錯誤しながらポリアモリー(責任ある非一夫一妻制)というライフスタイルを築き上げたことについてのものでした。
一夫一妻制の結婚をするかしないか迷い決断を下した私の体験を書いている重要な節の中で、私は、「恋愛やセックスとは別の理由でも、私は結婚を迷っていました。私は、自分にはやるべきことがあるとずっと思っていたのです。そのやるべきことは、専業主婦ではなく、使命のように思えるものや、仕事のようなものでした」と書いていました。

この部分に対して、男性の編集者が「『専業主婦は仕事じゃないのか』とクレームが来そうですが」と指摘してきたのです。
私は、絶句しました。こんな古風な差別発言をする人が、マスメディアの内部に未だに存在するとは思ってもいなかったからです。(化石かと思いました!)

もしかすると、この発言が、なぜ差別にあたるのか分からない人もいるかもしれませんので、説明しますね。

◎仕事は契約であり、自分で決めるべきもの

「専業主婦は私の仕事です」と、専業主婦をしている本人が言う。これは正当な意見です。本人がそれを仕事だと思っていれば、それがその人の仕事です。
ですから、仮にそのままの原稿を掲載したとして、読者から「専業主婦は仕事じゃないのか」と疑問を綴る投書があったとしても、これは私へのクレームではありません。個人的なモチベーション、個人的な体験に基づいた個人の価値観を語っているものです。

しかし、その読者からの投書が「専業主婦を仕事とみなさない著者の価値観はおかしい、改めるべきだ」という内容の「クレーム」となると、話は別です。そのクレームは女性差別になります。

クレームをつけるということは、私の個人的なモチベーション、個人的な体験に基づいた「専業主婦は“私の”仕事ではない」という価値観を否定しているわけです。
つまり、「専業主婦を自分の仕事だと思うべき」「専業主婦がこの世に必要不可欠な仕事だとみんなが思うべき」と言ってきていることになります。
「女が無償の労働にのみ従事する生き方(仕事としての専業主婦)をするのは当然のことで、それが女の仕事だ」ということを言っているわけですね。これは、私への意見ではなく、女性全体への差別意識の発露です。編集者がそのクレームを想定して「書き方を変更した方がいいのではないか」と提案することは、女性差別を容認することになります。ですから私は驚き、呆れたのです。

何を自分の仕事と思うのかは、人それぞれ異なります(当たり前のことです)。それは、ひとりひとりが自由に選んでいいものです。また、自由に表現しても構わないものです。女がみんな専業主婦を自分の仕事だと思わなければならないなんて、そんなことは決してありません。

ましてや、専業主婦が仕事だということは、主婦業が仕事だということとは異なり、それを専門にやることまでが仕事だということ。
なぜ、それを専門にやることまでが仕事だと言われなくてはならないのか。

仕事とは、契約に基づくもの。そして、その契約が独占契約なのかどうかは、仕事をする側が自分で決めていいものです。通常、独占契約であるなら、他の仕事を断るということで、相応の対価が求められます。そうしたことを含めて、専業主婦を仕事とするのかどうかは、ひとりひとりの自由となります。

◎無償労働がなければ成立しない社会は、おかしいのではないか

また、「専業主婦が必要不可欠な仕事かどうか」という問いについても、ひとりひとりが自分の意見を持っていて構わないものです。
専業主婦という役割がない社会システムでうまくいっている社会もたくさんあります。
(昔の日本でも、女は、農業やその他の家業を手伝っていていました。今でいう、専業主婦のような存在はとても稀でした。)

多様な社会システムがあり得る中で、「専業主婦という仕事を必要不可欠だと思わなければならない」という強制は、女性差別にあたります。

(もし同時に、専業主夫という仕事も必要不可欠だとみんなが思わなければならないと強制するのであれば、それはある意味、男女平等と言えます。しかし、それもまた、男女差別ではない、新たな差別を生み出す考え方です。専業主婦や専業主夫といった、無償で労働する存在がこの世に必要不可欠であるということは、無償の労働を強いられる存在がいても仕方がないということになるからです。)

もし、差別的な発言がクレームとしてきたとしても、クレームを受け入れる(つまり、差別に屈する)必要はありません。逆にそうした発言に対しては、こちらからクレームを投げ返しても良いのです。

繰り返しますが、「専業主婦は仕事じゃないのかとクレームが来そう」と私と沙世に言ってきたのは、男性の編集者でした。専業主夫という無償労働を経験した人間ではありません。本音を打ち明けてくる専業主婦がたくさんいるような立場でもありません。専業主婦の本音や鬱屈を知らないからこそ、「専業主婦は仕事だろう」なんて呑気な発言ができるのでしょう。

「専業主婦は女の仕事だ」。21世紀の今、まだそんなことを呑気に言っている男たちがいるなんて、おかしくて笑いがこみ上げてしまいます。

「だったらあなたたち男は、仕事としての正当な対価や、仕事以外の時間の完全な自由を女たちに与えてきましたか? そんなこともせずに、『専業主婦は女の仕事だ』と言うなんて、それは、アメリカ南部の奴隷制社会で、白人たちが黒人奴隷をタダでこき使っておきながら、『これが君たちの仕事だ』と言っていたのと、そう変わらない」と私は言い返します。

専業主婦は女の仕事だと言うのなら、まず、仕事としてきちんと契約し、正当な報酬を与え、仕事以外の時間の完全な自由を与えてから言ってほしいものです。

2ちゃんねるの書き込みならまだしも、マスメディアの内部にいる男たちがこうした差別発言を悪びれもせずに積極的にしているのですから、このままだと、日本の女の未来はとても暗いでしょう。

実は今回、男性編集者から、女性やマイノリティに対する侮辱的な発言を、他にもたくさんされました。
例えば、私が「こどもの親はふたりでは足りません」と書いた文章に対して、「見守る人はという意味ですか? 親は親なので……」という指摘をされました。
私はその前の文章で、父親がたくさんいる社会について書いていました。血の繋がっている人だけを親とする考え方は、とても差別的です。
例えば、アンジェリーナジョリーとブラッドピット夫妻は、これまでも養子を迎え入れてきて(実子もいます)、先日はシリアの難民孤児を養子にすることも明らかになりましたが、その難民孤児にとっては、血の繋がった両親も、アンジェリーナジョリーとブラッドピットも親となります。

これらの差別発言の数々に対し、私と沙世が苦情を言うと、この編集者は、「自分は一線級の著者と仕事してきたプロの編集者として言っている」と返してきました。
この返答に、またまた私は絶句しました。

日本に、恋愛の分野で一線級の著者はいません。今流行している恋愛は基本的にすべて、西洋文化からの輸入モノです。オノヨーコは、世界の恋愛の第一線を押し進めたアーティストですが、基本的に国外での活動でした。(注:エロは別ですね。日本のエロはオリジナルが多く、昔から世界の第一線でした。タコと女がまぐわう江戸時代の春画などは未だに世界の第一線です。)
沙世は、「一線級とは、ジャック・アタリ(図説「愛」の歴史 の著者)級のことを指す。そして、私たちもその一線にいる」と言いました。私も同感です。

結局私たちの抗議や質問はスルーされました。そこで、私と赤坂沙世は、知人たちとも相談し、今回、messyでこの件について、ほんの一部を書くことにしました。

ちなみに、私と沙世の周りには、「専業主婦は女の仕事」といった考え方をする化石のような男はほとんどいません。私の恋人たちは皆、家事が得意です。彼らはおいしいご飯をつくってくれます。自然栽培農法をしている知人らから直接購入しているオーガニック野菜を調理して、みんなで食べています。自分たちのことを自分たちでやるのは、当たり前のことですね。

■赤坂“ユニコ”菜生/テトラヒドロン人間関係研究所所長。日本におけるポリアモリーコーチングの第一人者としてPolyamory JPを運営。
■赤坂沙世/活動家。モデル、フォトグラファー、様々なアートディレクションを手掛ける。世界各国で活躍中。

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