[官能小説レビュー]

崩壊する家庭で、兄との近親相姦――『悲恋』が描くタブーに踏み込む女の心理

2013/04/15 19:00
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『悲恋』/幻冬舎アウトロー文庫

■今回の官能小説
『悲恋』(松崎詩織、幻冬舎アウトロー文庫)

 順風満帆な恋よりも、痛みを伴う恋の方がより燃え上がる。だからこそ今も昔も不倫にハマる男女がいるのだと思う。不倫以外にも、自分をどん底まで貶めるような歪んだ恋愛に身を投じている人も決して少なくはないだろう。

 決して報われることのない恋は、何よりも女を酔わせる美酒――そんなことを感じさせるのが、今回ご紹介する『悲恋』(幻冬舎アウトロー文庫)。6話の短編集である本作は、三十年以上も中学時代に憧れていた女教師への想いを抱えている男の話「さくらの夜」や、売れないバンドマンに尽くす女の日々を描いた「レイチェル」、過去に強姦から助けてくれたヒーローとのつらい再会をつづった「素直になれたら」など、あらゆる歪んだ恋を題材とした物語が収録されている。

 中でも、最もギリギリの禁忌に触れているのが、近親相姦が物語のテーマとなっている「向日葵の歌」だ。主人公の沙智は、物心ついた頃から、血の繋がった兄である翔に報われない恋心を抱いている。

 開業医である父は金の欲に溺れ、専業主婦の母親はテニススクールの男性コーチにうつつを抜かしていた。もう長い間家族として機能していない沙智の家で、唯一の希望が兄の翔の存在。翔は賢く、長身でスポーツ万能。常に周囲に優しく、強さも備えている翔は、幼い頃から沙智の憧れだったのだ。
 
 そんな幼く淡い恋心は、歳を重ねて確固たるものに変わる。実の兄を「翔ちゃん」と名前で呼び、カフェでじゃれる姿は恋人同士そのもの。デートをした夜は、1人ベッドで兄を思って自慰に耽るのが常だった。

 しかし、その日常は突然一変する。いつものように翔を思いながら自慰をしていると、帰るはずのなかった翔が帰宅。行為そのものを見られたことよりも、兄を1人の女として愛していることを知られてしまった沙智は、ひどく狼狽してしまう。その一方で、「それでもやっぱり私は兄が好きだ」と悟った沙智は、翔のいるバスルームへ。一糸まとわぬ姿をさらし、唇を合わせて、ずっと触れたかった翔の素肌に触れたのだった――。

 実の兄を愛し、関係に至ることになる女心とは、一体どんな心理なのだろう? 2人の関係は、端から見れば“あり得ない”関係。しかし当事者である沙智にとって翔は、単に性欲を傾ける相手ではなく、崩壊した家族の中で唯一輝く光であった。沙智は、翔のものを口にしながら次のように語っている。「苦しければ苦しいほど、人として許されぬ行為に身を落とす我が身に相応しい性愛だと感じる」。沙智のこの言葉から、憧れの存在である兄を汚すことは、自傷にも似た心理なのではないかと感じさせる。
 
 男と出会って、恋をして、キスをしてセックスをする。そんな何の障害もなく運ぶ恋愛だけを経験してきた女性がこの物語を読んだら、一体どう感じるのだろう? そういう女性こそ、自らを痛めつけるような恋に溺れる登場人物たちを目の当たりにして、別世界の人物だと軽蔑してしまう半面、どこか強く心を惹かれてしまうかもしれない。
(いしいのりえ)

最終更新:2013/04/15 19:15
『悲恋』
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