『はるまき日記』刊行記念インタビュー(前編)

「自分の強さを守ること」瀧波ユカリ氏にママ同士の“内政干渉”への防護策を聞く

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『はるまき日記』(文藝春秋)より

 赤ちゃんが1人で布団からずりあがった姿を「ずりあがり寿」と名付けたり、赤ちゃんが自身の耳いじりで恍惚とする姿を「ミミニー」と名付けたり……。『臨死!!江古田ちゃん』(講談社)の作者として知られるマンガ家・瀧波ユカリさんの『はるまき日記』(文藝春秋)は、愛娘に対する愛情を文章の端々に宿しつつ、乳児期の赤ん坊の生態を時には下ネタを交えて描き、子育ての“常識”を逆手に取って「笑い」に昇華した子育てエッセイだ。夫婦で同じ方向を見ながら子育てをする姿勢をうらやましく思う一方、現代においてはネガティブなイメージもある育児をこれほどまでに楽しめる姿を、不思議に思う人も多いのではないだろうか。そこで瀧波さんに子育てへのスタンス、ベースとなる夫婦関係について話を聞いた。

――『はるまき日記』には、瀧波さんと旦那さんが育児を楽しむ姿があふれています。つらそうな部分はほぼ皆無でしたが、それは意図していたのですか?

瀧波ユカリ氏(以下、瀧波) 実際に「しんどい」と思ったことはあったのですが、1週間・1カ月と長いスパン感じることはなかったんですね。それは、夫が在宅ワーカーだったり、子どもがあまり泣かないタイプだったり、ラッキーな要素が多かったということが関係あるのかもしれません。ただ、根がギャグマンガ家なので、「面白いことを書きたい」という気持ちは第一にありました。別に辛かったことを隠したりしているわけではないですよ(笑)。

――ご自身の子育て観というのは?

瀧波 育児に対しては、最初から期待がなかったんです。私は昔から「何歳で結婚して、何歳で子どもを産んで……」という人生のビジョンを一度も考えたことがなくて。たまたま結婚しそうな人と出会って結婚し、たまたま子どもができたので、「想像と違う」「期待はずれ」だと感じたこともないし、子どもが生まれたらここに連れて行こうとか、こういう服を着せようという思いもいまだにありません。子どもに何かを投影して考えることもないので、子どもに対して客観的な見方になりますし、過剰な「母性」みたいな感じも出ないんじゃないかなと思います。

――「母性」といえば、以前Twitterで、大阪維新の会の「ながら授乳」問題(※編註)について言及されていました。

瀧波 「ながら授乳」なんて、「トイレで真面目に排便するか、本を読みながら排便するか」の違いぐらいしかないと思うんですよ。私もたまに「本を読みながら排便するというのは、自分の体に失礼なんじゃないか」と悩む時があって、「今日は真面目にしよう」と本を置く時があるんですね。そんな程度の問題だと思うんですよ。「排便と授乳を同じにするな」と言われたら、ちょっとは謝りますが(笑)。

――自己を犠牲にしてすべてを子どもに捧げる母親像への“信仰”は根深いですね。

瀧波 昔の5人も10人も産んだお母さん方だって、そんな育児はしていないはず。ずーっと子どもを見守って、子どもを大事に大事にして、授乳中も話しかけて、そうやって育てた末に何が待っているか知っているなら教えてくれ! と思いますね。そういった子育て法を主張している人が実際にそのように育ってきたのなら、他人に干渉する人間ができ上がるんだなという感想しか持てないですし、だったらなおさらやりません(笑)。

――愛情をかけることと、子どもとの距離が近いということは全然違うことですが、そこを一緒に考えている人も多いですね。

瀧波 私は丸一日子どもといたら、遊びの時間の半分は1人で遊ばせています。ずっと一緒に遊ぶのは私の性格を考えても無理だし、1人で遊んだ方が子どもも楽しみが増えると思うんですよね。

――仕事を持っているお母さん方は、子どもに対して「かまってあげられない」という罪悪感を抱えている人が多く、そこを他人に指摘されるつらさもあります。周囲から発せられる「子どもがかわいそう」攻撃もあります。

瀧波 保育園に入れると「かわいそう」とかね。子どもはそんな弱い生き物じゃないし、そりゃ「かわいそうだな」と思う時もありますけど、「かわいそう」なのも人生のうちですから。「かわいそう」な思いを1回もしないで大人になる方が「かわいそう」なんじゃないかなと。

――本にも書かれていた、子連れでの外食問題は、子育て中のお母さん方にはかなり切実な問題です。瀧波さんは、出産前に「こんなところに赤ん坊を連れて来て……」と思ってきた己の罪を受け入れる、と書かれてましたね(笑)。

瀧波 東京には、子どもを連れて堂々と入れるお店が本当にないんですよね。ベビーカーもそうですし、子どもを楽しく育てる環境が十分に整えられていないことを知らなかった。子持ちの人は経験があると思うんですけど、今では私も、子どもが泣き始めたので、おしゃれなオーガニックプレートを中学生がどんぶりかきこむみたいな勢いで食べて、店を出ることも。そうは言っても、半分はしょうがないとも思っているんです。世界のすべてが子持ち対応になったら、かっこよくないというか……。私だって、子どもが一通り大きくなってたまにはバーでも行こうかしらと扉を開けた時に、子どもがギャーギャー泣いてたらイヤだし。“大人の聖域は侵さないように”という意識はあるんですけど、でも侵さないようにしようと思った時の選択肢がまだ少ないですね。

――お母さんたちは、外食問題なり、ベビーカー問題なり、社会からの目をすごく気にしてピリピリしている部分もあります。お母さんたち同士の“内政干渉”もありますよね。

瀧波 社会の中の“大きな無理解”を前に、ゆるくまとまって「もっと認めてよ~」と言えればいいのに、お母さんたちの中でも叩き合いをしているというか。すごく細かいコミュニティーに分かれていて、自分の意見と合うところとしか話ができない状況がありますね。
 子ども自体が一人ひとり全然違うので、お母さんたちも対応が違って当たり前。例えば離乳食をいつ始めるかという話にしても、子どもの大きさが一人ひとり違うわけで、「え? 5カ月で始めるなんて早いわよ」という場合もあるでしょう。他人が口を挟むレベルじゃないことは、いっぱいあると思うんです。「子どもも母親もみんな一緒」という前提で話すから、互いの“違い”に目を光らせる状況になるのでは。公共交通機関でのベビーカーを畳む・畳まない問題にしても、「うちの子はベビーカーから出したら泣き出してしまうから畳まない」というケースもあるのに、「どんな状況でもベビーカーを畳め」と主張する人がいたり、「うちはベビーカーから出しても泣かせません!」と言う人がいたり(笑)。

――今のお母さん方は真面目なので、異なる意見を無視できないという風潮が強いような気がします。

瀧波 防御策として人の意見を気にしないことが大事だと思うんですけど、それにはとても強い気持ちが必要。なので、「強い気持ちが持てない人もいる」と言われれば、そうなんだろうなと思います。でも「自分の強さを守る」という気持ちは持っていた方がいい。「私はこういうこともできないし、考えられないし、考える力もないんだ」と主張するのは、自分の弱さを守ること。どうせ力を使うんだったら「うちの子はこうだからこうするよ。それで文句を言われるのはイヤだけど、なるべく気にしないようにするよ」といった姿勢に力を使った方がいいと思うんです。そのうち、気にしないというのができるようになると思うんですけどね。それも子どもが3歳だったり18歳だったり、人それぞれ。それまでがつらいんだと思います。
後編につづく)

※今年5月、「大阪維新の会」が大阪市議会に提出した「家庭教育支援条例(案)」の前文において、「近年急増している児童虐待の背景にはさまざまな要因があるが、テレビや携帯電話を見ながら授乳している『ながら授乳』が8割を占めるなど、親心の喪失と親の保護能力の衰退という根本的問題があると思われる」と、「ながら授乳」と児童虐待を短絡的に結び付け、ネット上で大きな議論を呼んだ。

瀧波ユカリ(たきなみ・ゆかり)
1980年生まれ、北海道出身。『臨死!!江古田ちゃん』でアフタヌーン四季賞大賞を受賞し、デビュー。同作は現在単行本6巻まで刊行。エッセイストとして女性誌や文芸誌で連載を持つ。

著者の一人娘「はるまき」が生後2カ月から1歳2カ月までの日々をつづった育児日記。几帳面な性格の「夫」と適当な性格の「私」が、「はるまき」に振りまわされつつも、面白がりながら育児に奮闘する日々を描く。娘への愛と大いなる妄想、子育てのホンネがふんだんにつづられ、子育て経験がなくとも楽しめる1冊。

しぃちゃん

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