出産を恐れるのは誰だ? 『光り輝く世界』と『フランケンシュタイン』【女とSF(1)】

SFはどちらかと言えば男のものだ、なんてイメージはないだろうか? サイエンス・フィクションはその名の通り科学やテクノロジーを主題にしたジャンルであって、当然女やジェンダーの関心にとって優先度が高い分野ではないようにも思われる。けれどもちろんフェミニズムとは、「女」にまつわるさまざまな「当然」を問い直すことを通じて(例:女なので「当然」仕事よりも家事や子育てを優先すべき)、より公正な社会を目指す学問・運動なのだから、女とSFの関係もそんなに簡単なものじゃ決してない。

 これから何回かにわたって、「女」にまつわるSF小説とその背景の歴史を辿ることを通じて、「女にとってSFはなぜ、そしてどれだけ重要なんだろうか」を考えてみよう。SFにとって女あるいはジェンダーの問いがどれだけ重要かなんてことは、ここ何十年かの主要なSF賞の受賞者リストを見るだけで簡単にわかる。でも逆に、フェミニズムにとってのSFというものの重要性は、十分に理解されているとは言いづらい気がする(ダナ・ハラウェイ、という名前を聞いて「あ、懐かしい」と思ってしまったあなた、そう、その感覚です)。女、あるいはフェミニズムにとって、SF小説はどれだけ切実で重要な問題を提示し、表現するための優れた場であった(またそうあり続ける)んだろうか? それを考えるために、まずはフェミニストSFの「起源」へとさかのぼってみよう。

◎最初のフェミニスト・ユートピアSF?:キャベンディッシュ『光り輝く世界』

 じっさい、SFにおけるフェミニズムの歴史は深く長い。そもそもSFとは何か、っていうのも難しい問題だけど――『竹取物語』(異星人もの)や『浦島太郎』(時間旅行もの)だって的に読める一方、今あるジャンルとしてのSFはH.G.ウェルズなどの19世紀末の小説から始まった、なんて考えもある――、一般に英米圏では1666年に書かれた『光り輝く世界と呼ばれる新世界についての記述』がフェミニズムSFの起源とされている(邦訳は『ユートピア旅行記叢書』第2巻(岩波)に収録)。

 著者マーガレット・キャベンディッシュはニューカッスル公爵夫人にして科学者・哲学者という知識人。本書『光り輝く世界』は、もともと彼女の『実験哲学に関する所見』という自然哲学の本の補遺として出版されたことからも分かるように、当時の学問や政治・宗教の制度に対し介入しようとする、優れて学究的な小説――というよりは、『ガリバー旅行記』のようなある種の政治的な寓話になっている。

 物語は、航海中のとあるレディが北極の向こうにある「光り輝く世界」なる別世界に漂着するところから始まる。皇帝と結婚し女帝になった彼女は、夫からこの国の全面的統治権を譲り受ける。「光り輝く世界」では学問・政治・宗教はもとの世界とは違う形で発展していたのだが、彼女はより良い統治のために、これらがなぜ今ある形で発展したのか、そしてどうあるべきなのかについて、臣民である喋る動物や精霊と長い議論を交わす。自らの教えを書き記したいと考えるようになった彼女は、古典・現代のいかなる(男性の)作家も筆記者として相応しくないと悟り、作者キャヴェンディッシュ自身の霊魂を呼び寄せる。一種の「シスターフッド(女性同士の連帯)」で結ばれた二人は、他の(男性)思想家・政治家の考えに拠るのではなく、自分たち自身の理性をもとに、「光り輝く世界」のルールを作り出す……というのが第一部の大まかなあらすじ。それに続く短い第二部では、祖国が他国の侵略を受けたことをきっかけに女帝が霊魂の形で元の世界に戻り、侵略してきた国を征服するどころか、やがて世界全体を支配していく様子が描写される。

 政治的な寓話として読んだ場合、「光り輝く世界」には「一つの言語、一つの宗教、一つの政府」だけがあるべきで、それこそが平和と繁栄をもたらすのだ、という女帝の考え方は大英帝国を支えた帝国主義の価値観そのものだ(第二部の展開はまさにその裏付け)。一方で、

「私はできる限り独自な私でありたいと思います。[…]他人に真似されるのは嫌だし、避けられるなら避けたいけれども、誰かの真似をするくらいなら誰かに真似される方がまだましです。様式に従って素晴らしい人物になるよりも、自分自身の独自性を選んで悪くみられる方が私の性に合っています」

 と精霊に向かって語るように、女帝はそのフェミニスト的な個人主義の生き方を通じて、当時の自然哲学や社会哲学の制度・体系にメスを入れるものであることも強調しておきたい。じっさいページ数で言えば、本書のほとんどは中盤の女帝と霊魂の学問・政治・宗教に関する思弁的な対話によって占められているわけで、作品の主眼は当時極めて限定されていた女性の学問・教育への参入そのものにあると言ってしまってもいいだろう。

 そうしたわけでこの本は最初の「フェミニストSF」あるいは「フェミニスト・ユートピア」とみなされるようになった。けれど個人的には、ユートピア小説としての本書には(中盤の長い自然哲学的な問答が退屈なこと以外にも)不満がないわけでもない。それは、彼女がもといた現実の世界と、この「光り輝く世界」とがほとんど完全に断絶されていて、女帝とキャベンディッシュただ二人が霊魂の形で行き来することしかできないからだ。作者にとって「光り輝く世界」が(帝国主義的な価値観に基づくにせよ)平和と平等に満ちた、ひょっとしたらフェミニスト的な理想郷であるとして、私たちはどうやったらそこに辿りつけるのかというプロセスは、残念ながら本書からは抜け落ちている。イギリスにおいて女性が選挙権を得る200年以上も前に書かれた『光り輝く世界』において、市井の女性による直接的な社会変革はあくまで「空想小説」でしかなかったのだ。

◎「出産」を恐れるのは誰だ?:シェリー『フランケンシュタイン』

 キャベンディッシュが北極点の彼方に、学知と技術の発展に支えられた理想郷を思い描いたおよそ150年後、その北極から科学技術の薄暗い未来を仄めかす手紙が届く。冒険家ロバート・ウォルトンから姉マーガレット・サヴィルへ宛てられたその手紙には、彼が北極点に向かう途中で遭遇した衰弱した男ヴィクター・フランケンシュタインから語り聞いた世にもおぞましい怪物の物語が語られていた――イギリスの小説家メアリー・シェリーによる『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』(1818年)はこうして始まる。

 ヴィクターはスイス・ジュネーヴの高位公職者にして慈善家である父アルフォンスと、彼が貧困から救い上げた母キャロリーヌの長男として生まれた。貧しい農村からフランケンシュタイン家に迎え入れられた従妹エリザベスや、親友ヘンリーと共に幼少期を過ごしたヴィクター。彼は生来自然世界への強い好奇心をもっていたが、ある嵐の日に落雷を目撃したことをきっかけに自然科学を志すようになる。生命の謎を解き明かすべく、ドイツ・インゴルシュタット大学で化学を学び始めたヴィクターは、やがて無機物に命を与える方法を発見し、葛藤の末、人間の死体を材料にした怪物を創造する。しかしヴィクターは完成した怪物に強烈な恐怖と嫌悪感を覚え、彼を放棄して作業場を逃げ出す。その数カ月後、弟ウィリアムズが何者かに殺害されたことを告げる手紙が父アルフォンスより届けられる。スイスに戻ったヴィクターは、これが怪物による犯行であることを直観的に推察するが、状況証拠からエリザベスと親しい使用人ジャスティンに嫌疑がかけられ、裁判の末犯人として処刑されることとなる。罪責感に苛まれるヴィクターは、たまたま訪れたモンブランの山中で怪物と遭遇する。怒りに燃えるヴィクターに対し、怪物は自らの辿った不遇な運命を語り始める。

 創造主であるヴィクターに拒絶され、近郊の農民にもその醜悪な容貌から忌み嫌われた怪物は、絶えざる迫害と孤独の中で生き延びていた。やがて一軒の小屋へと身を追われた彼は、近隣に住む貧しくも幸福な家族――盲目の老人デ・レイシーと息子フェリックス、娘アガサ、そして以前彼らに助けられたアラブ人少女サフィ――の生活を覗き見る中でひと時の安らぎを覚え、また彼らの会話や彼らが置き忘れた本から言語を習得していった。彼ら(特に盲目のデ・レイシー)とならば「人間的」な関係が築けるのでは、という怪物の期待はしかし裏切られ、その後も少女を助けようとしたところを襲っていると誤解されるなど、彼の疎外感は癒えることがなかった。彼が偶然に出会ったウィリアムズを殺害したのは、こうした境遇から芽生えた人間全体への、とりわけ創造主ヴィクターへの、強い復讐心からであった。

 「自分の悪徳は押し付けられた孤独の産物だ。対等な誰かと共感や親交を持ち合うことが出来れば、必然的に美徳が生まれてくるはずだ」と怪物は語り、伴侶となる女の怪物を作るように要求する。更なる怪物は世界の荒廃の元となる、とヴィクターは拒否するも、結局は「伴侶を作ってくれれば二度とヨーロッパに足を踏み入れない」と語る怪物に説得され、女の怪物の創造を引き受ける。だが彼女が完成するまさにその直前、ヴィクターの心は恐怖に囚われる。

彼女はその伴侶の一万倍も強い悪意を持ち、殺人や卑劣な行いに悦びを覚えるかもしれない。[…]もし彼らがヨーロッパを去り、新世界の荒野に住まおうとも、あの悪魔が渇望する共感とやらの最初の成果の一つはその子孫だろう。悪魔の種が地に繁殖し、人類の生存そのものを危険で恐怖に満ちたものにしてしまうかもしれないのだ。(筆者訳)

 恐怖に駆られたヴィクターはほとんど完成している彼女を八つ裂きにし、その残骸を海へ投げ捨てる。怪物は当然激高し、復讐のためヴィクターの親友ヘンリーを、そしてヴィクターと婚約していたエリザベスをその結婚式の夜に、殺害する。更なる憎悪から復讐を誓うヴィクターは、怪物を追跡し、北極海まで来たところでウォルトンの船に拾われたのであった。

 ウォルトンからマーガレットへの最後の手紙では、全てを語り終えたヴィクターが復讐をウォルトンに託し、息を引き取ったことが伝えられる。その遺体の前に姿を現した怪物が、ウォルトンに向かって創造主の死を嘆き、北極点で自らを焼いて供儀に捧げるのだと言い残して姿を消したところで、物語は幕を閉じる。

 フェミニズム小説として『フランケンシュタイン』がどういうものなのか一言で語ることは極めて難しい。19世紀に出版されたこのゴシック・ホラー小説に関する批評は、フェミニズム批評が制度化した1970年代以降爆発的に増加し、本書は現在では一種のフェミニスト・アイコンになったと言っても過言ではない。その原因は、

(1)著者シェリーの伝記的背景
ラディカルな社会思想家の両親の娘として生まれ、詩人パーシー・シェリーと結婚したメアリーは、両親の政治思想に共感はしていたが、同時に著作家として複雑な劣等感を抱いていた。また母はシェリーを出産した10日後、産褥病により死去。シェリー自身も一人の子を流産、二人の子を乳幼児期に亡くしている。なお本作執筆中も彼女は妊娠中であった。

(2)「創造・再生産」という作品の主題それ自体
(3)ゴシック小説それ自体への文学的関心の高まり

 などにあると言っていいだろう。

 素朴で伝記的な読みをするならば、この小説は(シェリー自身も感じたであろう)妊娠・出産に対して女が覚える強烈な不安や恐怖それ自体についての作品だ、と言うことができるかもしれない。けれど多くのフェミニストはむしろ、ヴィクターの野心が「女なしでの再生産」を目指すものであることや、「花嫁」を作ってほしいという怪物の要求に対して彼が感じる、「女の怪物は、この醜悪な怪物ではなく、より美しい人間の男を選ぶのではないか」というおそれや、先ほど引用した「怪物の夫婦が子孫を作ること」への恐怖に注目した(ヴィクターが女の怪物を殺害するシーンは、かなり露骨に堕胎を思わせる書き方をされている)。つまり、『フランケンシュタイン』が性にまつわる寓話であるとすれば、その核にあるのは、「コントロール不能な女の欲望」に対する異性愛の男のミソジニックな恐怖や、「妊娠・出産という再生産を管理しなければ自分の存在が危うくなるのではないか」という家父長主義的パラノイア(偏執的な妄想)――おそらくは、異性愛の男は「生まれてくる子供が自分のものである」という確信が最終的には得られないことに由来する――だ、というわけだ。

 もちろんこうした「出産への恐怖」以外にも、複雑な物語構造や、ヴィクター・ヘンリーなどの男性同士の絆やエリザベス・ジャスティンなどの女性同士の絆、「科学」のジェンダー性(大学という「公の場」ではなく、家という「私の場」で、しばしば妻に手伝われながら実験をすることは、作中のヴィクターだけでなく、当時の科学者にとって珍しくないことだった)といった問題もフェミニズムにとって重要な問いであることは間違いない。これらの読みがどこまで説得的で正統なものかは議論の余地があるところだし、そもそも保守的なジェンダー観を持ったシェリーのこの作品をフェミニスト小説だと言えるのか問題視する声も少なくない。

 けれど一つ確かなことは、当初匿名で出版されたこのゴシック・ホラーSFは、作品全体がウォルトンから姉マーガレットに宛てられた手紙という構成を取っていることからも明らかなように、女に向いて書かれたものである、ということだ。『フランケンシュタイン』がフェミニズムSFとして重要であるのはひとえに、この小説が突きつける出産・生命倫理といった問題が今なお「女」という読者にとって切実な問題であり続け、またそれを取り扱う作品の手つきが、一つの単純な読みに還元できない、複雑で文学的豊かさを持ったものであるために他ならない。

 『光り輝く世界』が提示した、『フランケンシュタイン』における「再生産にまつわる恐怖」という問題は医療技術が発達した現在でも切実さを失わない。けれど、現在私たちは、これらの問題を現実の社会問題として語る言葉を――人権法、社会学、生命倫理などの、より「リアル」な言葉を持っている。では、「女」が語るうえで、あるいは「女」を語るうえで、サイエンス・フィクションという言葉が持つ重要性とは何なのだろうか? 続く回では引き続きフェミニストSFの系譜を辿りながら、この問題を問い続けて行こう。
(Lisbon22, special thanks to A.I)

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