白央篤司の「食本書評」

ユニークな箸置きが楽しい! コレクターが集めた、愛らしい「小さな遊び心」の数々

2022/10/10 21:00
白央篤司(フードライター)

レシピ本をはじめ、マンガやエッセイ、ビジネス書など世の「食」にまつわる本はさまざま。今注目したい食の本を、フードライター白央篤司が毎月1冊選んでご紹介!

今月の1冊:『食卓の小さな遊び 箸置きの世界』串岡慶子

『食卓の小さな遊び 箸置きの世界』(平凡社、2,090円)2022年9月26日発行

 書店で平積みされていて、和菓子の「吹きよせ」のような、愛らしいその表紙が気になった。お菓子の本かと思ったら「箸置き」の文字が。コレクターの串岡慶子さんが蒐集(しゅうしゅう)された箸置き約700点が、歳時記的に、モチーフ別に並べられた本だった。

 ぱらぱらと数ページめくって、たいそう心が和む。著名な作家によるもの、風格年輪を感じさせるものも登場するが、紹介される多くのものは、色合いのやさしい素朴なものだった。牧歌的でまろみがあるというのか……眺めているだけで心の“こり”がちょっとほぐれるような思いになったというか。手元に置いておきたくなり、迷わずレジに運んだ。

 タイトルに「食卓の小さな遊び」とあるように、著者の串岡さんが箸置きを使って示される「遊び心」の数々がまず紹介されていく。折々の食事と箸置きのかけ合わせが、なんとも楽しいのだ。

 新春の食卓に選ばれる箸置きは、羽子板に駒、奴凧(やっこだこ)。「久しぶりに親きょうだいが顔を合わせる席」にこれらを並べると、「温かな記憶を呼び覚まし、場が和みます」なんて文が添えられる。

 春なら桜色の鯛に三色団子。ちらし寿司がのる卓がさらに華やぐ。うちわの形の箸置きは、もちろん暑い時期のものだ。夏の花や水玉模様などが描かれて、涼を呼ぶ工夫が重ねられている。芸が細かいなあ。

 かかしの箸置きで実りの秋を連想させるなんて素敵だなと感じ入った。新米をいただくときに使いたくなる。串岡さんは笛や琵琶など、楽器の箸置きも秋にいいと書かれていた。うん、まさに芸術の秋。

 冬なら大根、カニ、熱燗徳利の箸置きが楽しい。手綱こんにゃく(切込みを入れてひとねじりしてあるこんにゃく)をかたどった箸置きを使うと、食卓におでんが加わったかのようだ。

 年中使えるものもたくさんある(ひょうたんや扇型のもの、抽象的な形のものなど)が、季節限定のものを持っているというのも、着物に通じる贅沢(ぜいたく)で、いいものではないだろうか。なにせ場所をとらないし。

箸置きを常用する人はどのくらいいる?

約700点ものコレクションが見られる(写真:サイゾーウーマン)

 串岡さんの本職は管理栄養士で理学博士でもあり、食物学、栄養学を専門とされているそう。箸置きの歴史について書かれた章も興味深い。起源のひとつとされる耳皿なるもの、私は初めて知った。独特の形がかわいらしく、75ページで紹介される桔梗の絵柄のは実に魅力的。うーん、欲しいなあ。

 しかし実際、箸置きを家で常用される人は現在どのくらいいるだろう。私も持ってはいるが、お客様のとき、あらたまった気分のときに出すぐらいで、普段は使っていない。和食店でも、箸置きに気をつかうところは少なくなっているような。それではあまりにさびしいと本書を読んで思った次第。もっと箸置き、使っていこう。残していこう。

 串岡さんによると、「箸づかいが綺麗になり、背筋がピンとのびる」「ゆっくり食べるように」なる、なんて効果も期待できるそう。うん、箸置きに箸を置くとき、ちょいと背筋を正す気持ちになるの、分かるなあ。「箸の上げ下ろし」なんて言葉も、とんと聞かないご時世である。大事にしたいことをいろいろと思い出させてくれた本だった。

白央篤司(フードライター)

白央篤司(フードライター)

フードライター。「暮らしと食」をテーマに執筆する。ライフワークのひとつが日本各地の郷土食やローカルフードの研究。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『自炊力』(光文社新書)など。

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最終更新:2022/10/10 21:00