白央篤司の「食本書評」

原田マハ『やっぱり食べに行こう。』“食い意地”が信用できる旅のグルメコラム

2022/07/10 18:00
サイゾーウーマン編集部(@cyzowoman

レシピ本をはじめ、マンガやエッセイ、ビジネス書など世の「食」にまつわる本はさまざま。今注目したい食の本を、フードライター白央篤司が毎月1冊選んでご紹介!

今月の1冊:『やっぱり食べに行こう。』原田マハ

『やっぱり食べに行こう。』(毎日新聞出版、770円)2021年11月5日発行

 帯の言葉に「小説、アートと同じくらい、おいしいものが大好き!」とある。

 作者の原田マハさんは1962年生まれ、もともと美術館のキュレーターで、小説家に転身された方だ。アート作品や芸術家をテーマに書かれることも多い。それらと同じぐらいの情熱で、食べることや飲食店のことを考えるのが好きだ、というわけである。

 なんだか高尚そうと怯むなかれ。

 冒頭から3つめのコラム「熱々のコーヒー」でいきなり、「全然こだわりはない。正直に告白すると『キリマンジャロ』と『コロンビア』の区別もつかない」なんて書かれる。そう、全編を通じて気取りやスノッブな感じはゼロ。高級なものも食べられているけど、マウント感はなく、実に気さくに“食旅”の思い出がつづられていく。明るく楽しくサクサク読めるグルメコラムで、まずそこがいいなあ……と思った次第。

 1コラムの文章量も、文庫サイズで2ページから2ページ半ぐらいと短く、電車移動の合間や、寝る前などにちょっと活字に触れたい食いしん坊にもおすすめ。全部でコラムは102編、日本各地から世界までと舞台も広い(原田さんは東京、蓼科、パリの3か所に拠点を置きつつ、あちこち旅する生活をされているよう)。

 「バターたっぷり」というコラムの中で、原田さんが「パリに来たときにはここぞとばかりにバターハントをしている」というくだりが印象的。私も旅をすると必ず、地元スーパーや食材店を訪ねる。その地の特色が何かしら見えてきて、興味深いから。食い意地の張った人間は、旅に出ると必ずと言っていいほどスーパーや市場を訪ねるもの。

 ちなみにパリのスーパーはバターの種類が豊富で、無塩、ハーフソルト、スモーク、海藻入り、いちじく入り、アーモンド入りなどタイプも様々にあるようだ。原田さんのお気に入りはスモークとのこと、試してみたいなあ。

 また、原田さんは気に入ったらそれをしばらく食べ続けるタイプのよう。

 トルコのイスタンブールを旅して見つけた「無添加のヨーグルトと氷をミキサーにかけて作るアイスヨーグルトドリンク」は絶品で、「塩を一振りすると自然の甘さが引き出される。私はこれを夏じゅう飲んで夏バテをしなかった」というくだりを読んで私は妙に、原田さんの食い意地とその徹し方を「信用できる」と思ってしまった(えらそうだが)。

 だってこれ、ひと夏の長期滞在なんである。せっかくの旅行中、あれこれ飲んでみたいだろうに気に入ったものだけを飲み通すというのは、なかなかできることではない。グルメコラムというのは書く人の内側に何というのか……「潔さ」のようなものがないと成立しないと思っている。あれもこれも食べたいところをグッと我慢するときと、我慢しないときの線引きのようなもの。マハさんの文章には確かにそういうものがあった。

 やっぱりアートが絡んでくる話が抜群に面白い。「ローマのアーティチョーク」は特に好きな一編だ。イタリアのバロック時代を代表する画家、カラヴァッジオが荒くれ者だったなんて知らなかった。彼はアーティチョークが大好きで、ある食堂で出されたアーティチョークの味つけが気に入らず、給仕を殴ったこともあるらしい。マハさんはローマでアーティチョークのオイル焼きを食べつつ、彼を想う。このくだりがね、いいんですよ。ぜひ実際に読んで、味わってほしい。

 本書は2018年5月に刊行され、21年の11月に文庫化されたもの。文庫化にあたってのあとがきには、コロナ禍を体験した世界と読者への真摯なエールがつづられていて、胸がいっぱいになってしまった。素敵なコースの後に、なんともあたたかくておいしいコーヒーをいただいたかのような、上々の気分。

 きょうもどこかへ、食べに行こう。

白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。「暮らしと食」をテーマに執筆する。 ライフワークのひとつが日本各地の郷土食やローカルフードの研究 。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)『自炊力』(光文社新書)など。
Instagram:@hakuo416

最終更新:2022/07/10 18:00