白央篤司の「食本書評」

『最強おつまみ事典』『日本全国地元食図鑑』ほか、上半期のオススメ“食本”3冊

2022/06/11 17:00
白央篤司

時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター・白央篤司が選んでご紹介!

2022年上半期の「食本」3冊

 6月になり、早いもので1年の半分が過ぎようとしている。今回は半期に一度の恒例、「食本書評」で取り上げたかったものをまとめてご紹介。はからずも図鑑や事典的な3冊が揃った。いずれも眺めるだけでも楽しく、また読ませる部分も魅力的な好著ばかり。

『47都道府県 日本全国地元食図鑑』菅原佳己 著 

『47都道府県 日本全国地元食図鑑』(平凡社、1980円)2022年4月13日発行

 旅に出たら、ほぼ必ずスーパーをのぞいている。旅好きの料理好きなら、同じようなことをしている人は多いはず。スーパーで見慣れぬ食材を発見すると異様に興奮してしまう。自分にとってはまったく馴染みのないものがシレッと“普通”に並んでいる情景に出くわすと、「旅に出てるなあ……」と感じられて、しみじみワクワクするのだ。

 著者の菅原佳己(すがわらよしみ)さんは、そんな探訪をライフワークにして、スーパーマーケット研究家として活躍されている。本書では各県の地元ならではの食品が紹介されているが、まずその確かな選択眼に唸る。たとえば静岡県の章では由比缶詰所の「まぐろ油漬け」缶と、まるたや洋菓子店の「あげ潮」がセレクトされる。細かい説明は省くが、どちらも地元民から長年愛される逸品だ。そして私が小学生時代を過ごした宮城県からは「パパ好み」が選出されていて、思わず拍手してしまった。

 みな、地元民のとっておきである。おいしくて根強い人気があるのに、なぜか県外までは知られていない。でもだからこそ地域での人気が深まるというか、愛着が湧くというか。各地で深く取材され、実食されて、ローカルに根付く食の名品を調べ出す菅原さんの確かな仕事を思う。そうそう、彼女がなぜ地方スーパー探求にハマったかは大阪「せみ餃子」のところに書いてあるので、ぜひ読んでみてほしい。そして私は今「バラパン」に逢いに、島根県に行きたくてしょうがない。

『いつものお酒を100倍おいしくする 最強おつまみ事典』真野遥 著 數岡孝幸 監修

『いつものお酒を100倍おいしくする 最強おつまみ事典』(西東社、1430円)2022年1月25日発行

 しかし日本人というのは飲食に貪欲だ。日常的に飲まれているお酒の種類だけでも、一体何種類あることか。コンビニに行けばビール、日本酒、ワイン、ウィスキー、焼酎、それに梅酒やジンにラム、ウォッカ、テキーラ、そして様々な種類の缶チューハイが並ぶ。それらのお酒に合うつまみを徹底的に研究したのがこの本だ。いわゆるペアリングをテーマに、200を超えるレシピが紹介されている。

 最初にコンセプトを聞いたとき、日本酒やワインはともかく、缶チューハイでペアリングなど細かいことを考えずとも……なんて正直思った。しかしグレープフルーツサワーと桜エビのかき揚げ、緑茶ハイとチーズ入りの磯部揚げなど、やってみたらこりゃ確かに相性がいい。ビールひとつでも、スーパードライとエビスでは合わせるべきつまみも違ってくるという主張に納得。「梅酒としらすおろし、合わせたことある?」的なキャッチコピーにはつい「いや、ない。やってみたい!」などと答えたくなり、食好奇心が大いにそそられた。

 作らずとも、この事典片手につまみの購入を考えるとき参考にするのもいい。酒類それぞれの基本的な説明や、自分好みが分かるチャート診断もあり。著者の真野遥氏は発酵食研究を中心に活動を続ける料理研究家で、ご自身も大のお酒好き。

『祇園 鍵善 菓子がたり』今西善也 著

『祇園 鍵善 菓子がたり』(世界文化社、3850円)2021年12月25日発行

 著者の今西善也さんのことはツイッターで知った。京都・祇園の菓子店『鍵善良房』(かぎぜんよしふさ)の十五代目当主で、折々でアップされる季節の菓子写真がひたすらに美しく、うつわとの取り合わせも含めて圧倒された。和菓子とはきれいなものだな、こんなふうに盛ってもいいのかと、目の前がスーッと開けていくような思いになり、新鮮な感動を覚えたのである。

 「鍵善十二か月」と題された第1章、菓子とうつわと光と陰が織り成すコーディネーションの妙をこれでもかと堪能できて、贅沢きわまりない。和菓子におけるモダンアート的な面白さを今頃になって知った。抽象的なデザインがときにハッとするほど具体的に、自然のイメージを想起させる面白さ。逆に具体的な花や果実をかたどると、それらが咲き実る季節のあれこれが同時に思い起こされてくる。

 しかしうつわの上の菓子それぞれの雄弁なこと。耳を澄ますような思いでページをめくっていた。ちなみにうつわはすべて今西家のもので、組み合わせを考えたのはご自身とのこと(撮影は内藤貞保氏)。

 また月ごと、菓子ごとに添えられる文章がどれもさらりとしていて心地いい。祇園の菓子屋で生まれ育った人ならではの季節感覚がつづられていく。またあとがきの最後の一文にはホロッとさせられた……。

 実際に「鍵善」の菓子は何度かいただいているが、味の面でも価値観を変えられたこと多々。和菓子がちょっとでも気になる人、ぜひ手に取ってほしい。

白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。「暮らしと食」をテーマに執筆する。 ライフワークのひとつが日本各地の郷土食やローカルフードの研究 。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)『自炊力』(光文社新書)など。
Instagram:@hakuo416

最終更新:2022/06/11 17:00