スピリチュアル百鬼夜行

マルチ商法にハマる女の“欲望”とは? 700万円もの借金を背負った著者が見た、マルチの闇と気味悪さ

2021/09/28 14:30
山田ノジル

科学信者が絶望の底に叩き込まれる、ディストピア小説

 私は基本、今の時代の科学を信じ、都市伝説レベルの迷信(特に育児周辺)や古い価値観とは距離を置きたいと思って暮らしています。ことにデジタルの進化はすごいですよね。アレクサは呼びかけるだけで電気は消すわ消耗品を注文するわ、義実家とのビデオ通話もつないでくれる。スマホはメッセージの着信や天気予報を教えてくれ、遠方の友人とのコミュニケーションにも欠かせない。使ったことはないけれど、女性の体の悩みをテクノロジーで解決しようというフェムテック分野では、オーガズムのデータを可視化できるバイブまであるというではないですか。いやあ、俺たち未来に生きてるな! スマホに育児をさせないで? そんなの程度の問題でしょ~よ。昨今の知育アプリとか、大人がやってもほんっと面白いですよ。

 でももし、このデジタルライフがさらなる速度で普及したら? 使い分けだのバランスだのと言っている隙もないほど生活のすべてが埋め尽くされ、国策となり、教育も何もかもデジタル一色に。近い未来に実現してもおかしくないそんな世界を、ディストピアとして描いた小説が『あなたにオススメの』(本谷有希子/講談社)です。

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『あなたにオススメの』(本谷有希子/講談社)

 近代社会に生きる人はほぼ全員、この作品で絶望の淵を見る羽目になるんじゃないでしょうか。近代社会から隔離されて生きるアーミッシュやその他の宗教コミュニティの人たちなら、私たちは安全・安心! と心安らかに読めるのかな。

 新生児のうちから極力デジタル漬けにして、個性や多様性は一斉排除。すべてを均一化するのが望ましいとされている世界で、デジタルには一切触れさせず、自然を重んじて学ばせる教育機関が出てくるのも見どころです。そして、急激に進んだデジタル社会を受け入れない異分子として登場するママ友はそれに賛同し、入学説明会に行くものの「ここで育った子供は将来デジタル社会で生きていかれるのか?」という疑問にぶち当たる。ああ、現実世界でも、特殊な育児をしている家庭をみると100%これ思うわあ……。今の時代に順応するのが正しいのか。信念を貫くのが正しいのか。

 社会が変容していくこれからの時代をデフォルメする本作は、科学信者と自然信者、それぞれの歪みを考えさせる傑作です。

マルチの子 (文芸書)
知ることで防げる未来があるはず……!
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