[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

韓国サイコホラーアニメ『整形水』が描く、“整形大国”になった儒教社会の落とし穴

2021/09/17 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

男性中心社会に入る切符としての「美」

韓国サイコホラーアニメ『整形水』が描く、整形大国になった儒教社会の落とし穴の画像4
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 だが問題は、こういった欲望は、そもそも「誰の」欲望かということだ。この場合、欲望の根源的な持ち主は女性ではなく、間違いなく男性である。ソレになったイェジの「美しくなりたい」という欲望は、自分を見つめる男性の視線を手に入れたいというものなのだ。精神分析の理論家ジャック・ラカンは、これを「他者の欲望」と呼んだ。

 では、何がイェジや韓国の女性を、男性の欲望に合わせるように働きかけているのだろうか。私はその裏にはやはり、この上なく男性中心的な社会を築いてきた儒教のシステムが働いていると思う。システムに合わせなければ、つまり男性が欲望する「美しい」女性でなければ、社会の中に「進出」することはできない――それこそが女性に整形を強制させ、そしてほかの女性にも強制に加担させたのではないだろうか。いや、ある意味では男性の欲望の視線に合わせ、女性自らも自分自身を商品化してきたともいえるかもしれない。

 もちろん、整形をめぐるこのような異常な社会を批判し、整形大会と呼ばれた「ミス・コリア」という美人大会のテレビ中継を廃止し、死亡者が出るなど後を絶たない整形手術の弊害を取り上げ、警鐘を鳴らそうとする動きが常にあったのも事実である。だが、男性中心社会の外側から中に入ろうとする女性たちに「美」を求める限り、ソレになりたいイェジのような女性はそこに存在し続けるだろう。

 こんなことを考えているうちに、ふと思い出した日本のアニメがある。『笑ゥせぇるすまん』のエピソード「プラットホームの女」だ。整形に失敗し、本当の顔を仮面の下に隠している女性が、仮面の顔だけを見て「愛している」と告白する男に、怪物のようになった顔を見せながら「これでもあなたは愛してしてくれますか」と迫る。

 男が悲鳴を上げ逃げてしまう背後から、喪黒福造の「どーん!」が聞こえてくるような気がするが、果たして「イエス!」と答えられる男性はいるだろうか。この問いかけに答えられない限り、イェジのゆがんだ欲望は、そして彼女をそうさせる男たちの欲望による「悲劇」は、果てしなく繰り返されるだろう――紛れもなくそれこそが、本作が伝えようとする力強いメッセージである。 

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

最終更新:2021/09/17 19:00
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