[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

自社の不正を暴く“高卒女子”の活躍を描いた韓国映画『サムジンカンパニー1995』、より深く理解する4つのポイント

2021/07/16 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし、作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『サムジンカンパニー1995』

自社の不正を暴く高卒女子の活躍を描いた『サムジンカンパニー1995』をより深く理解する4つのポイントの画像1
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 1987年6月の民主化闘争によって大統領の直接選挙を勝ち取った韓国では、93年、長かった軍事政権も終焉を迎え、待ちに待った民間による政権「金泳三(キム・ヨンサム)文民政府」が誕生した。抑圧的・閉鎖的な軍事政権との差別化を図るため、大統領は「新韓国の建設」をスローガンとして打ち出し、新しく生まれ変わった民主国家として、世界を先導する韓国像の形成に力を注いでいった。

 30年にわたって続いてきた軍事政権の残滓を清算すべく、韓国社会にはさまざまな変化の風が吹くようになった。たとえばそれまでの「大統領閣下」という呼称は「閣下」が独裁の名残で権威主義的だとして使用禁止とされ、通行禁止だった大統領官邸前のバリケードを撤去して国民に開放した。

 このような目に見える変化とともに、かつて横行していた政財界の「黒い金」を断ち切るため、政府高官の財産を公開するなど、文民政府の透明性を大々的にアピールしたのである。

 対外的にも大きな変化が起こっていた時期だった。世界的な貿易の自由化を目指して「ウルグアイ・ラウンド(関税・貿易に関する多国間交渉、そこからWTOの設立につながった)」が妥結し、企業の海外進出も活発化していた。韓国政府も貿易市場を全面開放すると同時に、世界レベルで闘えるグローバルな韓国を目指して「世界化」を声高く宣言、95年をその元年とし「世界化推進委員会」も立ち上げた。

 実際、96年には「先進国仲間入りの目安」でもあった一人あたりの国民総所得が1万ドルを突破するなど、先進国の一員として世界に名を連ねる「新韓国」は早くも実現しつつあったのである。こうして、国民を狭い国内に閉じ込めてきた軍事独裁は完全に終わりを告げ、これからは自由に世界に羽ばたくのだと国民の誰もが実感していたのだが、まさかその1年後には悪夢のようなIMF危機に襲われるとは、この時は知る由もなかった。

 こうして、文民政府の旗揚げからわずか3年の間に、韓国社会は目まぐるしい変化を遂げたわけだが、中でも最も目立っていたのが「英語フィーバー」である。海外進出のために、言葉の壁は当然クリアしなければならない問題であることを考えればごく自然な現象かもしれないが、当時の韓国において英語は、コミュニケーションの言語的道具であることを超えて、いつしか個人の能力を規定するためのバロメーターとしてその存在感を高めていったのである。

 このような社会的変化を背景に作られたのが、現在公開中の映画『サムジンカンパニー1995』(イ・ジョンピル監督、2020)である。今回のコラムでは、映画に描かれていたキーワードと共に、社会的に大きな変化を遂げたこの時代を振り返ってみよう。

<物語>

 1995年、金泳三大統領の「世界化」宣言によってソウルの街には英語塾が急増、社会は英語ブーム一色になっていた。大企業のサムジン電子は、社内にTOEICクラスを設け、高卒の女性社員でも600点を超えたら「代理」(日本でいう係長)に昇進できるチャンスを与えると告知する。入社8年目を迎える高卒組のイ・ジャヨン(コ・アソン)、チョン・ユナ(イ・ソム)、シム・ボラム(パク・ヘス)は、実務能力は優秀だが、掃除やお茶くみなどの雑用ばかりさせられる毎日にへきえきし、昇進の希望を胸にTOEICクラスを受講する毎日だ。

 そんなある日、雑用のため工場に出向いたジャヨンは、工場から有害物質が川に流出しているのを偶然目撃してしまう。ユナ、ボラムと共に会社の隠蔽工作を明らかにしようと奮闘する。解雇の危機にさらされながらも決してあきらめない彼女らは、やがて会社の巨大な陰謀を知ることになるのだが……。

 俳優としても活躍するイ・ジョンピル監督(『アジョシ』では刑事役で出演している)はインタビューで、「この作品は、真面目で平凡な末端の女性社員たちが大企業の不正に立ち向かってファイトする物語」だが、「ファイトだけでは終わらせず、勝利するまでを描いたスカッとする映画」であると述べている。

 その通り、本作は有害物質の流出という実話をモチーフにはしているが、実話の真実味には重点を置いておらず、やや非現実的な物語を通して、今の韓国に通じる問題を提示して見つめ直すことを目指しているように見える。

 「懐かしさを感じると同時に今を考えさせられる」「社会的に示唆するところが多い」といった韓国でのレビューからも、そのような意図が感じ取れるだろう。そしてコロナ禍での公開にもかかわらず観客動員150万人以上の大ヒットとなり、韓国有数の映画賞である第57回百想(ペクサン)芸術大賞の作品賞を受賞した。

 それでは、映画に描かれたこの時代の社会や変化について、4つのキーワードから解説していこう。

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