[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

韓国現代史最大のタブー「済州島四・三事件」を描いた映画『チスル』、その複雑な背景と「チェサ」というキーワードを読み解く

2021/06/25 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『チスル』

韓国現代史最大のタブー「済州島四・三事件」を描いた映画『チスル』、その複雑な背景と「チェサ」というキーワードを読み解くの画像1
『チスル』/オデッサ・エンタテインメント

 悲しいことに、韓国の現代史にはいくつもの「虐殺」が刻み込まれている。これまで本コラムでも何度となく取り上げたように、そのほとんどは、日本の植民地時代が終わって新たにアメリカが介入してくる中で生まれた、南北のイデオロギー対立を発端としたものであり、権力者の欲望と暴走によって、罪なき人々が多大な犠牲を払うものであった。

 それらの多くは事件から長い時間を経てようやく、政府主導での真相究明が約束され、少しずつではあるが真実が明るみになっている。近年では映画の題材となることも多く、本コラムでも「光州事件」を描いた『タクシー運転手 約束は海を越えて』『26年』、「巨済島捕虜収容所の虐殺」をテーマにした『スウィング・キッズ』などを取り上げてきた。だが、それらの虐殺の中でも政府が公式に認めるまで最も時間のかかった事件が「済州島四・三事件」である。

 本コラムで『焼肉ドラゴン』を紹介した際、主人公である在日コリアンの家族の出自としてこの事件にも言及したが、「済州島四・三事件」とは日本の植民地支配から解放された朝鮮半島が、新たに米ソの覇権争いに巻き込まれ、南と北、右派と左派に分断される中で、済州島の島民たちが反共を掲げる当時の米軍政や李承晩(イ・スンマン)大統領によって“アカ”と見なされ、虐殺を受けたものである。『焼肉ドラゴン』でも物語の背景として暗示される程度だったこの虐殺は、韓国現代史上最も残酷で凄惨な虐殺といわれ、光州事件と同様、長きにわたって“北朝鮮にそそのかされて起きた暴動”とされてきた。

 軍事独裁政権下で中高時代を送った私も、そのように教育を受けた。民主化が進んだ90年代後半になってようやく、政府はこの事件を“暴動”ではなく“虐殺”と認めたが、それでも事件の背景の複雑さや明らかになっていない部分の多さゆえ、映画化すらいまだ困難な題材なのである。だが、それでも済州島でのこの虐殺を正面から本格的に描いた映画が存在する。それが今回取り上げる『チスル』(オ・ミョル監督、2012)だ。

 済州島出身のオ監督は、これまでも主に済州島にまつわる物語を映画にしてきた。そんな彼の代表作である『チスル』は、2012年の釜山国際映画祭での4部門受賞をはじめ、サンダンス映画祭では韓国映画初となるワールドシネマ・グランプリを受賞するなど、国内外で高く評価された。作品としての完成度はもちろん、韓国現代史の深い闇をテーマに据えた勇気ある試みが注目を集め、低予算自主映画にもかかわらず14万人を超える観客を動員し、興行的にも成功を収めた。済州島での一般公開初日には、大物俳優のアン・ソンギやカン・スヨン、釜山映画祭のキム・ドンホ名誉委員長ら、そうそうたる韓国の映画人たちが一堂に会したことも大きな話題を呼んだ。

 今回のコラムでは、『焼肉ドラゴン』の時にも簡単に述べた「済州島四・三事件」についてより詳細に、なぜ起こったのか、どのような事件だったのかを紹介し、映画がこの事件をどう描いたかについて見ていくことにしよう。

物語

 1948年11月、米軍と韓国軍は済州島に戒厳令を敷き「海岸から5キロ以上離れた中山間地域の島民は暴徒と見なし、無条件に射殺せよ」と命令を下した。村人たちは訳もわからないまま山奥へと逃げ、洞窟に身を隠しながら時間をやり過ごしていた。持ち寄ったジャガイモを分け合ったり、飼っている豚の心配をしたりと、たわいのない会話に興じる彼らだったが、本を取りに戻った少女スンドク(カン・ヒ)や、こっそり豚の様子を確認しに向かったおじさん(ムン・ソクボム)が殺されるなど、死の影は徐々に忍び寄ってくる。やがて捕らえられた村人の一人が、命を助けてくれれば洞窟の場所を教えると裏切ったため、ついに洞窟は軍人たちに包囲されてしまう……。

 実話に基づいた『チスル』だが、映画では事件の原因や推移など、客観的な歴史的事実が語られることはほとんどない。監督自身が「犠牲者に焦点を合わせたかった」と語っている通り、あくまで村人たちの目線で捉えているため、彼らが事情をのみ込めないままでいる以上、映画もまた必要以上の情報は伝えていない。だからこそ映画は、島民のほとんどが“アカ”ではないにもかかわらず、当時のゆがんだイデオロギー対立の犠牲になり、訳もわからず殺されていったという歴史の残酷さ、理不尽さを浮き彫りにしているといえよう。

 ただその中でも「四・三事件」を知る韓国人であれば、己の知識と照らし合わせながら観ることができるが、日本人観客にとってはかなり難易度が高く映るに違いない。そこで以下では、「済州島四・三事件」の全体像を、大事なポイントとともにたどってみよう。

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