[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

ホン・サンス新作『逃げた女』は、いつも以上に“わからない”!? 観客を困惑させる映画的話法を解説

2021/06/11 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

『逃げた女』物語

 結婚以来一度も離れたことがないという夫が出張に出かけ、その間、ガミ(キム・ミニ)は3人の女友達を訪ね歩く。ひとりはバツイチの先輩ヨンスン(ソ・ヨンファ)、2人目は独身の先輩スヨン(ソン・ソンミ)、そして3人目は偶然入った映画館で再会した同級生のウジン(キム・セビョク)。ガミと女たちのやりとりを通して、それぞれの事情が少しずつ浮き彫りになっていくのだが……。

※作品の主軸となる部分に触れています。

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 本作も例に漏れず、構成は至ってシンプルだ。物語が直線的に進むことはなく、「ガミが女友達と会って話す」という行為が3回反復されるのみ。反復の間に私たちは断片的な情報を得るが、それ以上は語られないため状況を正確に理解することはかなわず、曖昧なまま宙ぶらりんの状態、言ってみればサスペンスを見ているような状態に置かれる。ただ、だからこそ観客は一瞬も見逃せない、一言一句聞き逃すわけにはいかないと、緊張感とともにスクリーンに向き合う羽目になる(“サスペンス”とは直訳すると“宙ぶらりん”の状態を意味する)。このような「反復・省略・曖昧さ」は、過去のホン・サンス作品からも見て取ることができる。

時系列がバラバラなった『自由が丘で』

 海外作品にも積極的に出演している加瀬亮が主演したことでも話題になった、『自由が丘で』(2014)。韓国人の恋人を追いかけて韓国にやってきた日本人男性のソウルでの数日間を描いたこの映画は、彼からの手紙を受け取った彼女がふとした弾みで手紙を落としてしまい、便箋の順番がバラバラになってしまうところから始まる。日付のないその手紙を、彼女は仕方なしに拾った順に読み始め、観客にもまた彼女が読む順番で物語が提示される。

 映画は普通、フラッシュバックやナレーションなどさまざまな手法を用いて複雑な時系列の物語を見せることができるが、最も大事なのは“観客にも理解できるようにそれを提示する”ことであり、観客が時間軸を見失うことのないよう、語り方には細心の注意を払う。観客が置き去りにされることは決してない。

 だがこの映画で観客は、バラバラになった手紙を読む恋人と同じ立場から、時系列が曖昧なまま提示される物語を必死で組み立てなければならない。家でDVDを再生するのとは違って、映画館では映画を途中で止めたり巻き戻したりすることはできない。後戻りできないのが映画である。映画が終わるまでの間ずっと、宙ぶらりんな状態のままで観客は、省略・反復と格闘しながら映画の完成形を描いていく。必然的に、完成した絵はひとつではなくなる。

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ハマるかさっぱりわからないか、という極端さがイイ
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