白央篤司の「食本書評」

料理する気力もわきにくい時代だからこそ……『きょうの料理』の「ばぁば」鈴木登紀子が示す「ちゃんとしたもの」の意味

2021/03/07 14:00
白央篤司

料理する気力もわかない時代だからこそ

 満腹感ばかりじゃなく、満足感を大事にしてねと登紀子さん。一食一食をなるたけおろそかにしないでほしい、という思いが随所に記される。

 「理想はそうだよね」「そうできたら、いいんだけど」と感じる人も多いだろう。自炊に関して、私は「自分がつらくないこと、無理しないこと」を第一にすべきと考えている。食は本当に大事なことだけれど、時間とお金をじゅうぶんにかけられる人は現代においてそうそういない。食を大事にするためにもまず、自分を大事にして休ませないと、料理する気力だってわいてこない。

 そんな時代だからこそ、登紀子さんのような存在が貴重と強く感じていた。

 私たちはこうやって料理してきたのよ、という生き証人。昔ながらのやり方はおいしいでしょう、美しいでしょうと示してくれる先達。気力がわいたときに、やる気が起こったときに鑑(かがみ)となる頼もしい先輩が。

 「大変なときはいつまでも続きません。お仕事も子育てもいつかは落ち着くときがくるのです」

 そのときはできるかぎり、手作りを大事にしてねというラスト・メッセージ。鈴木登紀子さん、素敵な料理と言葉をたくさん、本当にありがとうございました。

白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。郷土料理やローカルフードを取材しつつ、 料理に苦手意識を持っている人やがんばりすぎる人に向けて、 より気軽に身近に楽しめるレシピや料理法を紹介。著書に『 自炊力』『にっぽんのおにぎり』『ジャパめし』など。

最終更新:2021/03/10 14:59
ばぁば、93歳。暮らしと料理の遺言
たまに作りたくなる「ちゃんとしたもの」の備えに