[サイジョの本棚]

韓国のベストセラー作家による注目の新刊! 現代社会の不条理と闘う女性たちの「強さ」に励まされる短編小説集『彼女の名前は』

2020/11/03 17:00
保田夏子

――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。

■『彼女の名前は』(著:チョ・ナムジュ、訳:小山内園子、すんみ/筑摩書房刊)

『彼女の名前は』

【概要】

 韓国で社会現象を巻き起こし、130万部のヒットとなったベストセラー小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(訳:斎藤真理子、筑摩書房刊)で知られるチョ・ナムジュによる短編集。60人余りの“普通の女性”へのインタビューを元に書かれた、日々の暮らしのなかで遭う不条理に声を上げる女性たちの28編の物語。

 

■『文豪春秋』(著:ドリヤス工場/文藝春秋刊)

『文豪春秋』

【概要】

 「芥川龍之介」とノートにびっしり書き込み、芥川賞になりふりかまわず執着した太宰治、女優と中原中也と小林秀雄の三角関係、里見弴の志賀直哉への恋心、孤独と幻想を愛し押し入れにこもった江戸川乱歩——。名だたる文豪たちの知られざる人間くさいエピソードを、『有名すぎる文学作品をだいたい10ページぐらいのマンガで読む。』シリーズ(リイド社)で知られるドリヤス工場氏が描く漫画版文壇事件簿。

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 今年、外国語映画として史上初となる『第92回アカデミー賞』作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督は、授賞式のスピーチで、映画を作る際に大切にしている言葉として、賞を競い合った『アイリッシュマン』のマーティン・スコセッシ監督による「最も個人的なことは、最もクリエイティブなことだ」という寸言を挙げた。『パラサイト』と同じ韓国で生まれた短編集『彼女の名前は』(筑摩書房刊)も、まさにそうした作品の一つといえる。

 1人の女性の半生を通じて韓国社会におけるジェンダーの理不尽を描き出し、130万部を超えるベストセラーとなった『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房刊)。その著者であるチョ・ナムジュが実際に幅広い層の女性に取材し、その声を短篇小説にするという試みから誕生したのが本作だ。児童会会長に立候補した少女から、梨花女子大学総長問題やTHAAD配備など韓国で議論を呼んだ社会問題に向き合った当事者まで、職業も生き方も家族環境も異なる28名の女性の声が、小説となって収録されている。ほとんどの作品が1編10ページ未満の掌編で、どこからでも気軽に読み始めやすい。しかしその口当たりは1作1作が重く、ずっしりとしたものだ。

 先述したような韓国特有のエピソードもあるが、格差の拡大、非正規雇用者への扱い、子どもの貧困など本作で女性たちが向き合うほとんどは日本人にとっても他人事ではない。特に、セクハラやマタハラ、共働きでも介護や育児を一手に任されがちな不均衡など、「よくあること」と淡々とつづられていく理不尽は、多かれ少なかれ日本で生きるほとんどの女性にとって「私たちの物語」でもある。ただ本作は「現実ってこんなものだから」と泣き寝入りしたり、ハラスメントをうまくかわすことを「大人のスマートな振る舞い」と称したりするものではない。堂々とした主張や抵抗もあればそっと胸に秘めるひそやかな決意もあるが、どの作品にもこの社会の不合理を変えたいと願う女性の精悍な一歩が込められている。

 そんな理不尽や落胆の苦いエピソードが続く中でひときわ優しく光るのが、女性と女性の連帯と、次の世代への祈りだ。小学生の母親たちは、専業主婦も兼業主婦もグループトークで相談し合い1年中助け合う。階下に住む男性に不法侵入された女性は、警察官にすげない対応を取られる一方で、親身になってくれる大家の女性に助けられる。以前も女性部下を退社させた上司のセクハラを訴えた女性は、不当な中傷に心身を病みながら「訴えたことは今も後悔しているけど、それでも黙ってやり過ごす『2番目の人』になって次の被害者を生みたくない」と闘い続ける。第1章から3章にかけて、20代から70代へと徐々にフォーカスされる女性の年代が上がっていくが、最終章となる4章ではぐっと年齢層が下がり10代の少女が主軸となる。そんな本作の構成が、「次の世代が、より生きやすい世界を」という語り手たちの熱い願いを意識させるものとなっている。

 さざ波がいつか大きなうねりになるように、一人ひとりのつぶやきは小さく無力に思えても、未来へのたすきになると信じて繋いでいくしかない。どこに進めばいいのかわからないような暗闇を歩いているような気持ちになる時、今この瞬間も必死に生きているであろう女性たちの声をすくい上げた本作が、かすかに光る明かりのような役割を果たすだろう。

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