[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

63人の被害者を出した「奴隷事件」――映画『ブリング・ミー・ホーム』が描く“弱者の労働搾取”はなぜ起こったか

2020/09/25 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

弱者を踏みにじる行為と「慰安婦」問題はつながっている

63人の被害者を出した「ありえない事件」――映画『ブリング・ミー・ホーム』が描く弱者の労働搾取はなぜ起こったかの画像4
(c) 2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

 話題は変わるが、「地域の慣行」のカルテルからどうしても見えてしまう歴史がある。「慰安婦」の歴史だ。日韓関係の中に長らく巣くうこの問題において、政治レベルでは両国の主張は相いれないが、研究者レベルではさまざまな議論が存在する。

 例えば、韓国国内でヒステリックな反応を巻き起こした歴史学者パク・ユハの著書『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』(朝日新聞出版)では、韓国の若い女性たちが「慰安婦」になった経緯のひとつとして、職業斡旋業者にだまされ、戦地に送られて売春を余儀なくされたというものがある。それはつまり、「慰安婦」を募集してだました朝鮮の斡旋業者と、いわゆる抱え主、そして日本軍というカルテルが結託して彼女たちを「慰安婦」にしたという図式である。この主張には、カルテルに朝鮮人業者が加担していたという、韓国が決して認めない事実が含まれているため、大きな問題となったわけだが、「弱者の人権蹂躙」という今回の問題とも密接につながっていることは言うまでもない。その点で、私はパク・ユハの議論には十分説得力があると考えている。

 最後に、また『トガニ』の話を。本作は、実在した特別支援学校で、障害を持つ幼い生徒たちに対する、校長らによる性暴力を告発した事件を映画化したもので、この映画がきっかけとなって人々の関心が高まり、公開後に社会が大きく変わる事態となった。だが映画が作られた時点では、被害者の子どもたちは法的にはまったく救われないままだったため、映画は決して安易なカタルシスを観客に与えることなく、ある意味では非常に後味の悪い結末を迎えた。

 その意味では本作も同様で、ラストのジョンヨンは大きな希望に包まれているが、根本的な問題が解決することはない。なぜなら映画の結末にかかわらず、この社会にはいまだ無数の「ミンス」が存在し、社会そのものが良い方向に向かっていない以上、映画が安易なハッピーエンドを迎えることは許されないからだ。

 しかも、『トガニ』における性暴力が、特別支援学校というある種特別な場所において起こったのとは異なり、本作のような場合、いつどこで自分の身近に起こるかもしれず、周囲への無関心によっていつの間にか自らも加担している状況が生まれてしまうかもわからない。

 本作は、カルテルの構造がもたらすものへの警鐘であると同時に、その無自覚な無関心によって誰もが同じような立場になり得ることへの警告でもある。もちろんこれが韓国のすべてではないが、そうしたこの国の一断面を決して無視することはできないのである。

■崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

最終更新:2022/11/01 12:08
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