2020年上半期、米国をエンタメから読む【前編】

オスカー「『パラサイト』快挙」スーパーボウル「ジェイ・Zで人種問題回避」エンタメで見る米国の変化【辰巳JUNK×渡辺志保対談】

2020/09/04 13:30
堀川樹里(ライター)

グラミーは人種を規定する「アーバン」ジャンル廃止

「私が白人じゃなかったら、ラップのジャンルにカテゴライズされてた」とビリー・アイリッシュ

――そのグラミーですが、今年はノミネート/受賞作もさることながら、グラミー賞そのものが大きな話題となりました。その経緯を知らない人もいるので、お2人から説明していただけますか?

渡辺 グラミー賞を主催する団体「ザ・レコーディング・アカデミー」のトップに長年鎮座してきたポートナウ会長が、「女性アーティストの受賞が少ない」という非難に対して、「女性アーティストはもっと努力しなければならない」と女性蔑視の失言をして大炎上したんです。

辰巳 それで辞任に追い込まれた。次にデボラ・デューガンという白人女性が新会長に就任したんですけど、わずか5カ月ぐらいで辞めてしまった。

渡辺 授賞式の1週間前に辞めさせられたんですよね。

辰巳 そのデボラが、米雇用機会均等委員会に告発文を送って。

渡辺 それも授賞式の前日くらいでしたね。

辰巳 その内容が、「グラミーはボーイズクラブで、人種差別と性差別がまかり通っている」「私はハラスメントをされた」「元会長はアーティストから性暴行を告発されていた」など。また、グラミー賞の一般部門の選考システムは、全会員から投票を募って上位候補をリストアップし、選考委員会が8つほどノミニーを選ぶという流れになっているんです。このノミネーション会議で、高順位だったアリアナ・グランデやエド・シーランが落とされるなど不正が横行していると、デボラは明かしています。

 デボラは40ページにわたる告発文を提出したんですけど、グラミー側はそれを否定。デボラこそ不正行為をしようとしてほかの女性幹部から告発されていたと主張して、完全に泥沼となりました。

渡辺 これらがリアルタイムで報道されている中、前夜祭でアイコニック・アワード(功労賞)を受賞したP・ディディ(ショーン・コムズ)が、「ブラックミュージックはグラミーから尊敬されたことがない」と発言。授賞式の幕が上がるまで、グラミーはずっとバッシングされてましたね。なおかつ直前にコービー・ブライアントが亡くなり、最悪な雰囲気のまま始まったという感じでした。

 アリシア・キーズが2年連続司会を務め、最多受賞のビリー・アイリッシュはグラミー史上最年少ということで、「女性が活躍したグラミー賞」にしたかったんでしょうが、2人に対するプレッシャーが重すぎて、不健康さを感じましたね。「我々は古いシステムを拒絶します」など、グラミーへの皮肉かな? とも受け取ることができるアリシアのモノローグは最高でしたけど。

辰巳 式自体は、コービーへの追悼が印象に残るものになりましたね。

渡辺 数時間前に彼の乗ったヘリコプターが墜落して死亡したという報道があったばかりなのに、オープニングではアリシア・キーズがボーイズIIメンと共に、彼らの代表曲でもある「It’s So Hard to Say Goodbye to Yesterday」を急きょ追悼のパフォーマンスとしてアカペラで歌ったんです。ボーイズIIメンはもともとタイラー・ザ・クリエイターのステージに参加する予定で会場にいたのですが、アリシアと10分間だけ楽屋でリハーサルをし、追悼パフォーマンスに挑んだそう。衣装が私服のような感じで、臨場感もすごかったですね。オープニング・パフォーマンスしたリゾもコービーへの追悼シャウトをしていましたし、その後に続いたリル・ナズ・Xやニプシー・ハッスルのトリビュート・ステージでも、コービーへのメッセージが見受けられました。

――グラミーといえば6月に、これまでR&Bやヒップホップといったブラック・ミュージックを包括する「アーバン」というジャンル名を廃止することを発表しました。「アーバン」という名称は時代遅れ、といった批判は数年前からありましたが、わかりやすく説明してもらえますか?

辰巳 もともと、今年のグラミー賞で最優秀ラップ・アルバム部門を受賞した(ラッパーの)タイラー・ザ・クリエイターが、「黒人アーティストは、ポップジャンルに入れてもらえない。人種や肌の色ゆえに、アーバンという言葉に押し込まれている」といったニュアンスの批判をしていたんです。それにビリー・アイリッシュも「私は白人のティーンエイジャーの女性だからポップに入れられている。私が白人じゃなかったら、ラップジャンルに入れられてると思う。(黒人の)リゾは私よりポップなのに、R&B(および「最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞」)に入れられている」と賛同した。そういった流れを受けて、人種指定ニュアンスがまとわりつくアーバンというジャンルカテゴリをやめようと。

渡辺 BLMの問題が浮き彫りになった時に、グラミー側は「アーバンという名称を変更します」と発表しました。でも、BLM以前からそういった動きはあったと明かしているので、少なからず1月末のグラミーのタイミングでなされたタイラーの発言はインパクトがあったのではと思います。

 もともと「アーバン・ミュージック」は70年代にニューヨークの黒人ラジオDJが作ったカテゴリーでもあるんですよ。当時、ラジオ局がスポンサーを集めなければならかったのですが、スポンサーの多くは白人企業。その人たちにソウルやディスコなどのブラック・ミュージックと言ってもなかなかお金を出してもらえないので、スノッブな白人にもウケるようなカテゴリーとして「アーバン」を作り、お金を出してもらったという経緯があるそうなんです。米ユニバーサル・ミュージックなども、アーバンという部署名をなくすと言っています。音楽業界を覆すような大きな改革にはならなくても、ある程度の改革にはなると思いますし、これまでの価値観を刷新するという意味では、いいタイミングなのかな? と感じました。

――後編は9月5日公開

堀川樹里(ライター)

堀川樹里(ライター)

6歳で『空飛ぶ鉄腕美女ワンダーウーマン』にハマった筋金入りの海外ドラマ・ジャンキー。現在、フリーランスライターとして海外ドラマを中心に海外エンターテイメントに関する記事を公式サイトや雑誌等で執筆、翻訳。海外在住歴25年以上。

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最終更新:2020/09/04 13:30
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