性犯罪とDV「再犯」を防ぐには【4回】

「男性は性欲を制御できない」という認識が、あらゆる問題を煙に巻く――性教育、AV、戦隊モノが生む古い価値観

2020/09/13 21:30
有山千春
Getty Imagesより

 刑務所に入れることで“罰”を与えても、更生につながっていない現状が見え隠れする、DVや性犯罪加害者たち。前回は、彼らの再犯を防ぐ更生プログラムのひとつ、「加害者臨床」の内容について話を聞いたが、この取り組みは、なかなか広がっていかないのが現実だ。その背景には、日本社会にはびこる男尊女卑の価値観や、裁判に漂うアップデートされない固定概念があるという。

 被害者を増やさないために加害者臨床に携わる、精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏と「NPO法人 女性・人権支援センター ステップ」の代表である栗原加代美氏に、引き続き話を聞いた。

■第1回:30年間、電車で痴漢を繰り返してきた――性犯罪“加害者”が語る「逮捕されてもやめられない」理由
■第2回:「女性は痴漢で気持ち良くなる」と信じていた――性犯罪加害者の言葉から、“治療”の在り方を問う
■第3回:性犯罪者・DV加害者は「排除すればいい」のか? 「孤立が再犯率を上げる」現場の専門家が訴えること

「変わらなければいけないのは妻」だと信じるDV夫

――お二人の話を聞いて、日本には“加害者の受け皿”がほとんどないと実感しました。なぜ「加害者更生プログラム」は広がっていかないのでしょうか?

斉藤章佳氏(以下、斉藤) 一言でいうと、物理的に難しいんです。たとえば、私がいるクリニックは女性スタッフも多いですが、そこに痴漢や盗撮の常習者が来るとなると、過去に被害に遭ったスタッフがいた場合、定着率に影響します。もちろん、彼らがクリニック内で痴漢や盗撮行為をすることはありませんが、人として心情的に受け入れ難いという場合もあります。

 また、地域からクレームの電話が来ることもあります。「性犯罪者が集まっていたら、何か事件が起きるんじゃないか?」といった具合です。依存症には、ある特定の状況や条件下で衝動制御が困難になり、問題行動につながる“引き金”があります。例えば、「満員電車を見ると痴漢がしたくなる」「エスカレーターでスマホを出すと盗撮したくなる」といったことですが、逆にいえば、その引き金を引かない限り、条件反射のスイッチは作動せず、脳の誤作動も起こりにくいため、彼らが問題行動を起こす可能性は低いです。こうした正しい認識がないため、過剰な排除意識につながっているのだと思います。

栗原加代美氏(以下、栗原) 私も同じような経験をしたことがありますね。事務所を探しているとき、下階に学習塾がある物件を借りようと思っていたら、オーナーから「DV加害者が集まるんでしょう? 子どもたちが暴力を振るわれたら大変なので、貸すことはできません」と言われたんです。そういったことが続き、今の物件を見つけるのに1年もかかりました。DVは夫婦や恋人、親子の関係性の問題なので、見知らぬ人に暴力を振るう人はほとんどいませんが、世間にはそういう“イメージ”があるんですよね。

――支援者側ですらそうした目を向けられているとなると、加害者自ら自助グループに入ったり、プログラムを受けに行くこと自体、非常にハードルが高いように思えます。彼らは、どのようなきっかけでやって来るのでしょうか?

栗原 我々のもとに来るDV加害者の場合は、周囲から「どうにかしたほうがいい」と言われても、すぐには動きません。妻が家から出て行って、初めて「まずい」と感じ、プログラムを受けに来るパターンが多いですね。あとは、妻に「おまえが行くなら俺も一緒に行ってやる」というDV加害者もいます。「変わるのは俺じゃなくて、おまえのほうじゃないか? なぜ俺だけ行かなきゃいけないんだ」という思考なんです。

斉藤 性犯罪の場合、「問題行為を始めてから治療につながるまでの期間」について、当院のデータがあります。痴漢の場合は8年、盗撮は7.2年、ペドフィリア(小児性犯罪者)が14年です。痴漢や盗撮の加害者は1週間で平均2〜3回の痴漢行為をするケースが多いですが、単純に計算すると、1人の痴漢や盗撮の加害者が専門治療につながるまで、平均で1,000人近くの被害者を出すことになります。

 私は初診時に必ず「逮捕されていなければ、ずっと問題行動を続けていましたか?」と質問するのですが、ほぼ100%が「はい」と答えます。加害者にとっては性欲だけではなく複合的な快楽を満たせる行為ですから、「バレない、逮捕されない限りは続ける」という思考パターンになってしまう。逮捕されてようやく自らの性嗜好に向き合わざるを得なくなり、「性依存症の専門治療」という選択が生まれるわけです。しかし、これも一つの選択肢にすぎないので、加害者本人が治療は必要ないと思えば、そのままになってしまいます。

栗原 私たちのプログラムを受けているDV加害者の場合、逮捕まではいかずとも、通報沙汰になった人は8割以上。それも、複数回です。DVの場合、被害者が通報したとしても、警察から「気をつけてくださいね。今夜はホテルに宿泊することをおすすめしますよ」なんて言われて終わってしまうことが大半です。警察の紹介を受けて加害者がうちに来ることもありますが、そうでなければ、自ら進んでプログラムを受けに来ることはほとんどありません。

 児童虐待の場合、児童相談所と警察が連携していますが、DVについても同じように、警察との連携をするべきでしょう。年間7万人のDV被害者がいますが、うちに来るのは約100人。単純に考えて、残りの6万9,900人は野放しになっているかもしれないわけです。まずは、この現状を知ってほしいですね。

――なぜ児童虐待と違って、DVに関する物事はなかなか進まないのでしょうか?

栗原 「夫婦げんか」という言葉が「DV」にアップデートされ、「DV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律)」が施行されてからまだ20年です。妻や夫に暴力を振るうことが“犯罪”だと認識されるには、もっと時間がかかるのかもしれません。

 DVには、身体的暴力以外に精神的暴力もありますが、「あなた、たたかれていないでしょ?」と、暴力を振るわれていないからと一蹴した弁護士を見たことがあります。通報を受けた警察官の中にも、妻に対して「あなたも悪いよね? じゃあ、お互いさまだ」などと言う人がいるようなんです。そうなると、DV加害者が、なかなか加害者意識を持ちにくい。自分が加害者だと気づき、「相手を傷つけてしまった」と反省することで、初めて「治そう」という意識が芽生えますが、周囲がこうした認識を持っているせいで、その段階にすら立てないわけです。

斉藤 日本で加害者更生プログラムが広がらない原因の一つとして、「マニフェストに掲げても票につながらない」という現実があると、政治家から聞いたことがあります。政治の世界に「加害者の更生は一般市民や地域社会の安全につながる」という理解が浸透すれば、もう少し状況はよくなるのではないでしょうか。今年2月、福岡県が全国に先駆けて「性犯罪加害者への治療費の公費助成」を始めると発表しました。これは、被害者の支援のほうが先ではないかなど賛否両論ありますが、画期的なことです。このような取り組みは、各都道府県に広がってほしいですね。

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