崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

「兄が妹を『殴る』のは日常茶飯事」――韓国映画『はちどり』から繙く「正当化された暴力」と儒教思想の歴史

2020/08/28 19:40
崔盛旭(チェ・ソンウク)

500年以上も重くのしかかる「服従」のイデオロギー

 まずは、現在に至るまで依然として変わらない、日常生活の隅々にまで染みついている前近代的な儒教思想からの影響だ。朝鮮王朝時代の500年間という長い歳月、国家と社会を維持するための統治イデオロギーとして君臨してきた儒教の真髄は、「服従」にほかならない。王・師・親への服従(君師父一体)と、女の男への服従(男尊女卑、女必従夫)を軸に持つこの思想こそが、服従を美徳・道徳として洗脳に近い教育を徹底してきたのである。そうして形成される社会は、もれなく男性中心の社会であり、権力や金、社会的地位から年齢の差までもがものをいう、いわゆる「縦社会」である。こうした男性中心の縦社会で何より重視されるのが「位階秩序」(ヒエラルキー)である。垂直な階級概念である位階秩序を維持するためには絶対に服従が必要であり、だからこそ美徳や道徳云々と持ち上げてイデオロギー化に走ってきたし、その中で女性に対する抑圧や排除は当たり前のように行われてきたのだ。

 500年以上も人々の上に重くのしかかってきたこのイデオロギーがそう簡単に消えるはずはなく、むしろ、韓国人の「集合的無意識」を形成していると言ってもいいかもしれない。女性の社会進出や活躍が珍しくなくなった今日でも、韓国社会における日常的な女性差別は根本的には変わっていない。つい最近は、息子にだけ財産を相続させた母親の家に、娘が火をつけて焼いてしまうという事件が起こった。男尊女卑が生んだ「남아선호사상(男児選好思想)」の無意識が、財産相続という形で立ち現れた悲劇といえる。

「妹を殴る」ことに罪の意識がなかった長男

 さて、服従の思想が支配する最小の集団といえば、そう、「家族」だ。家族の中で父と息子(=男性)の「階級」は、母や娘(=女性)より格段に上。本作にも描かれているように、父への服従、息子の優遇は、風が吹いて水が流れるがごとく、極めて自然なものである。とりわけ、きょうだいの中での息子の階級は絶対だ。この絶対的な階級は、時には暴力をも承認してしまう。兄が妹を「殴る」のは、家族内の位階秩序を保つために必要なものであり、ウニの母が言うように、あくまで「兄妹げんか」にすぎない。ウニは兄から一方的に殴られ鼓膜まで破れたにもかかわらず、それは「暴力」ではないのだ。妹に対する兄の暴力が、父や母によって厳しく問われることはない。家族間の暴力は「罪ではない」と、無意識の中に内在化してしまっているのだ。

 実は、正直にいうと、本作を見ながら、私はまるで自分の家族を見ているかのような錯覚を覚えて恥ずかしくなった。ウニたちと同じく姉と妹に挟まれた3きょうだいの長男である私は、生まれた時から家族でもっとも大切に扱われてきた。映画が始まって間もなく、突然訪ねてきた伯父の口から、彼の学費のために妹である母親が高校進学を諦めたエピソードが語られるが、私の家庭も経済的に余裕がなく、私だけが大学に進学した。姉や妹も(少なくとも私の目には)それを当然と思っているようだった。

 2人は高校卒業後、就職をして私の学費を助け、時にはお小遣いをくれることもあった。私にとって、それは当然のことだった。だが映画の中で、あまりにも「普通に」ウニを殴る兄のデフンの姿を観た瞬間、高校時代に2歳下の妹を、デフンと同じように殴っていた自分の姿が脳裏に蘇り、恥ずかしさと罪悪感に襲われてしまった。当時の私にとっては、妹を殴ることなど日常茶飯事だった。私の暴力に対して彼女が何を感じていたかを確かめたことはない。だが、映画の中でウニが代わりに答えてくれている。「死んでお化けになって、後悔しているアイツを天井から見下ろしたい」と。今では2人の大学生の母となった妹に、これから先も私は、あの時の心境を確かめることはできないだろう。

 ちなみに、こうした根強く、根深い前近代的な儒教思想は、何も韓国だけのものではない。朝鮮半島全体に広く影響を及ぼしている。その一端を象徴する場面が、本作にも描かれる金日成(キム・イルソン)の死去を伝えるニュース映像だ。全国民が一斉に、まるで両親を失った子どものように慟哭するその場面には、金日成を「어버이(父と母を意味する言葉)」と呼び、絶対的な服従を実践した北朝鮮の儒教的崇拝が現れている。本作における家父長的背景のメタファーとしても読めるだろう。

ユリイカ 詩と批評 第52巻第6号 ▽特集*韓国映画の最前線 イ・チャンドン、ポン・ジュノからキム・ボラまで
身近な暴力に飲み込まれずに怒りを表明していくよ!

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