高橋ユキ【悪女の履歴書】

「結婚してブラジルに渡ろう」ウソと虚栄にまみれた女スパイと謎の男【藤沢つづら詰め殺人事件:後編】

2020/07/25 17:00
高橋ユキ(傍聴人・フリーライター)

ウソと虚栄にまみれた女・美津代

 そんな彼女は明治維新の志士、西郷隆盛平野国臣と親交のあった家に生まれた6人きょうだいの3女。3歳までは“お屋敷のお姫様”として福岡で育った。7歳の時に一家は上京し、小学校を優秀な成績で卒業したのち、女学校に入学。ここでも成績は79人中の2位だった。『じゃじゃ馬』とあだ名されるほど派手な存在だったらしい。

「成績は確かによかった。美貌で先生間にも人気があったようだ。友達交際もいい。1年ちょっとで退学したが、快活なお嬢さんタイプと思った。体が弱く学校は良く休んだ。ただ金銭関係がルーズで借金しても平気で返さぬことは度々あったと思う」(当時の教諭)

「東郷元帥の死について作文を書き一等賞を受けて朗読させられたことがある。才気走っていた。人形遊びをするような少女らしいところはなかった」(美津代の姉)

 のちに美津代はフィリピン戦線の特派員から帰って来た男性と結婚するが、わずか半年で離婚。離婚後に中島飛行機立川工場に勤め始めたところ、その才気を買われ、陸軍少将の秘書となる。少将とともに満州に渡り、スパイ工作に従事していたともいわれており、その頃が美津代の生涯で最も華やかな一時期であり、「この時代こそ、美津代にウソと虚栄を植え付けたのだ」と彼女を知る者は言う。

 終戦後にふらりと福岡に戻って来た彼女は、人を言葉巧みに騙して金品を持ち去るようなことを繰り返し、周囲を落胆させたようだ。

 「美貌の女スパイ」として暗躍していた美津代はその後、横浜の芸者置屋にて“その子”という名で芸者となっていた。ここから、嘘の経歴を語っては人を欺くようになる。

 太郎に身受けされ、同じ町の別の芸者置屋で働き始めるも、自分を“作家・小糸のぶ”だと名乗り、「花柳界をテーマにした作品を執筆している」「新聞記者は友人だ」などと、原稿用紙の束を見せながら女中たちを騙し、23万円相当の料理その他金品を詐取。わずか半年で行方をくらまし東京へ。銀座のクラブで女給として働くも、翌年には辞め、藤沢市の特殊飲食店で働き始めた。こうした店に“売春婦”と呼ばれる女性が置かれていた時代のことだ。店では「妖気ただよう女」として知られていたともいう。

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