[サイジョの本棚]

本国で13万部の大ヒット! 注目の韓国文学『わたしに無害なひと』が、“私たち”に響くワケ

2020/07/17 17:30
保田夏子
韓国で13万部の大ヒット! 注目の作家チェ・ウニョン最新作『わたしに無害なひと』が国境を越えて響くワケの画像1
『わたしに無害なひと』(亜紀書房)

――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。

『わたしに無害なひと』(チェ・ウニョン著、古川綾子訳、亜紀書房)

【概要】

 2013年にデビューし、初の単行本『ショウコの微笑』が韓国で瞬く間にベストセラーとなった文学界期待の作家、チェ・ウニョンの2冊目の単行本。主に思春期から青年期にかけて起こった、忘れられない苦い思い出を繊細に回想する7つの中短編が収録されている。本作は、韓国では2018年“小説家50人が選ぶ今年の小説”に選出され、さらに第51回韓国日報文学賞を受賞。累計販売数も13万部を超え、好評を博している。

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 幼少期から青年期にかけて一時期を親しく過ごしたのに、苦い別れ方をした友人や恋人。その人なしでは今の自分はいないと思えるほど深く関わり合ったのに、もう会わない人々。もし会ったとしても、以前の関係には戻れないとわかっている人々。そんな相手との記憶はどんなに鮮やかでも、持ち主のいなくなったアルバムのように、永遠にひもとかれることはない。

 『わたしに無害なひと』は、フラッシュバックするほどヒリヒリと焼き付いているのに一生誰かに語ることもない、大人になれば誰もが記憶の底に埋めているような思い出を、ひそやかに、しかし美化せず厳しく活写してくれる短編集だ。

 本書に収められた7つの短編のほとんどは、時間をかけて紡いだかけがえのない関係と、そのあっけない喪失にまつわる回想だ。長く付き合った恋人、幼なじみの隣人、姉妹、ネットで心の中を見せ合い親しくなった友人、学生時代の仲良しグループ、少女時代に身を寄せた親戚、海外移住先で出会った異邦人。友情でも恋愛でも家族関係でも、ぴったりとお互いがかみ合っていた頃の世界の輝き、通じ合わなくなったときの戸惑いやいらつき、そんな移ろいやすい関係の機微を、読者にそのまま体験させるかのように抒情的に描き出す。

 そして、美しい風景やこまやかな心理描写の中に、必ずと言っていいほど現代韓国の抱える社会問題の一端がさりげなく織り込まれている。格差問題、家庭内暴力、パワハラ、非正規労働者の搾取、いじめ、デートDVなど、その多くは韓国特有の問題ではなく、日本社会にも通じるゆがみだ。登場人物の多くは繊細な若者で、社会的な強者や権力者からさまざまな形で圧力、時には暴力を受ける。特に家父長制に基づく男子優先志向は、日本より重いゆがみがかかっていると思わせる部分もあるが、だからこそ、その圧力に対して鈍感でありたくない、弱くても誠実に生きる人々に公平でありたいという語り手の姿勢がどの作品にも貫かれ、国境を超えて私たちにも響く。

わたしに無害なひと
「忘れたくても忘れられないこと」って、意外と多い
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