[再掲]永田町の「謎」 現役議員秘書がぶっちゃける国会ウラ情報

小池百合子は、なぜ「史上初の女性都知事」になれたのか? 2016年「東京都知事選のウラ側」を振り返る!

2020/07/04 16:00
サイゾーウーマン編集部

■政界のボスたちの元を渡り歩いたイメージが強い

 20年前は、小池氏も「愛人顔」(色気があって魅力的だけれど、ちょっと態度がなれなれしい女性)カテゴリーでした。

 最初の選挙は1992年、細川護煕氏が党首だった日本新党から立候補した参議院選挙。その時の「初心を忘れず」というアピールだったと思いますが、日本新党のイメージカラーだった緑と白で、今回の都知事選挙を戦われていました。

 永田町では、小池氏といえば「変遷の人」。日本新党を出て新進党の小沢一郎→保守党の熊谷弘→自民党の小泉純一郎と、政界のボスたちの元を渡り歩いてきました。そのイメージが強いからかもしれませんが、永田町では、小池氏の人間性については評価がいまひとつな感じです。

 でも、選挙の中盤の世論調査で「小池候補が増田候補をややリード」という結果が伝えられると、勝ち馬に乗りたい方たちが続々と小池選挙事務所を訪問し始めました。そもそも、選挙とはそういうものです。「人間性については疑問があるけど、知事になった時に相手にされないと支障が出るからね」と、いかにも自分たちは最初から小池候補を応援していたようにアピールするわけです。

 自民党本部は、当初は自民党都連と小池氏の対立を静観していました。まさか、小池氏が有利な状況になるとは想定しておらず、「東京都のことより国政が大事」と、内閣改造の準備を着々と進めていたのです。

 でも、小池氏と鳥越俊太郎氏が優勢になってきてしまい、終盤はさすがに党幹部も増田寛也氏の応援に入りました。自民党の意地がありますから。そのおかげで、最後の3日間は増田氏がかなり追い上げたようですが、小池氏のアイデア戦法に歯が立たなかったようです。

 鳥越氏も惜しかったですね。でも、いかんせん出だしが遅かった。それに野党共闘がうまくいかなかったのが残念です。「この政策を言ってはダメ、あれもダメ」と政策面での調整に手間取り、街頭演説で政策を訴えられなかった。「政策のない鳥越」などとマスコミで揶揄されるようになり、やっと、1日に1つずつ政策を出していく、という戦法を取ったものの、小池氏には追いつけませんでした。

 鳥越候補という「神輿」を担ぐグループが多すぎたのも、失敗でしたね。野党共闘もあまり多いと、選挙戦略はうまくいかないというモデルケースになったのではないかと思います。

 石原慎太郎元知事による「厚化粧」発言など、いろいろありましたが、当選した以上、小池氏には「初の女性都知事」というお祝いムードを早々に終息させ、東京都民のため、地道に都政をハンドリングしてもらいたいものです。

 そして、女性の敵は女性ですからね。神澤や後輩の永田町女子たちは、厳しい目で今後の都政を監視していきたいと思います(笑)。

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最終更新:2020/07/04 16:00
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