[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

村上春樹原作・韓国映画『バーニング 劇場版』、『パラサイト』につながる“ヒエラルキー”と“分断”の闇

2020/06/12 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

社会的な分断が、言葉の意味も断絶する

(c)2018 PinehouseFilm Co., Ltd. All Rights Reserved

 もうひとつのメタファーは「分断」である。ジョンスの実家があるパジュは、北朝鮮との境界である38度線に最も近い田舎町だ。この町では、北朝鮮からの「対韓国宣伝放送」が日常的に響きわたり、「分断」という現実が生々しく迫ってくる。パジュの町が自由に行き来できない南北の断絶を表しているように、前述した3人の間のヒエラルキーが、決して乗り越えられない「分断」によって断絶していることを隠喩する。

 宣伝放送を聞いてひとごとのように「面白い」というベン、「この世の果てのアフリカで感じた」絶望感を韓国の果てであるパジュで思い出したかのように、上半身裸になってグレイト・ハンガー(生きる意味に飢えている人)のダンスを踊るヘミ、そんなヘミの内面には気づかずに「(男の前で裸になるなんて)売春婦のようだ」と怒るジョンスの間の「分断」は、歴然としている。それ以上進むことのできない「境界線」という意味では、パジュという街はどこにも行き場のない、追い詰められたジョンスの立ち位置を象徴しているともいえるだろう。追い詰められているジョンスに、ヘミの内面まで見てくれる余裕などないのだ。

 そんな分断の空間では、言葉も断絶される。相手の発する言葉の意味合いが伝わらないのだ。本作を本格的なサスペンスへ導く言葉「ビニールハウス」は、断絶のメタファーでもある。同じ「ビニールハウス」という言葉でも、ベンの言うそれと、ジョンスの捉えるそれにズレが生じることで、分断・断絶の意味合いはさらに強まることになる(まるで延々とズレるばかりの南北会談のように)。

 ヘミとベンがジョンスの家に遊びに来た際に、ベンが語った「ビニールハウス」は、最初から意味深なニュアンスを含んでいたが、文字通りに受け取ったジョンスは、そのズレのために大切なもの(ヘミ)を失い、無力感からやがて強い怒りへと突き動かされていく。

 同じ言葉に対する意味合いのズレがもたらす分断は、韓国社会に度々見られるものである。つい最近大きな関心を集めている、慰安婦支援団体をめぐる問題がいい例だ(※)。彼らは30年以上にわたって一緒に闘ってきた「同志」にもかかわらず、それぞれの名分と利害にズレが生じていたために、知らず知らずのうちに分断が生まれ、醜い暴露合戦に至ってしまった。「慰安婦」問題の解決というひとつの指標を共有していたはずなのに、些細な意味合いのズレがやがて大きな断絶となり、彼らは大事なものを失ってしまったように見える。

 映画のラストに描かれる、ベンに対するジョンスの復讐(それが現実でも想像でも)は、社会的格差と階層間の分断が生み出す無力感と怒りが、「象徴的な暴力」となって表現されたと言ってよいだろう。昨年のカンヌ、今年のアカデミー賞で大きな話題をさらった韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督)の結末にも共通するこの描写は、現在の韓国社会において、格差と分断の問題がそれほど深刻であることを物語っている。焼かれるべきは「ビニールハウス」ではなく、「格差」や「分断」かもしれない。

※日本軍「慰安婦」だった李容洙氏が2020年5月に会見を開き、30年間共に活動してきた「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」の前代表・尹美香氏に対し、寄付金の使途の透明性や、活動の在り方などの問題を提起。その後も、互いの主張が平行線をたどったり、保守派・進歩派それぞれのメディアや論客が“場外”から参戦するなど、大きな騒動となっている。

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崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

最終更新:2020/06/12 19:00
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