[サイジョの本棚]

少年アヤ、最新エッセイ『ぼくの宝ばこ』レビュー:“可愛いもの”を愛した「ぼく」がつづる、“なじめなさ”の記憶

2020/06/13 17:00
保田夏子
少年アヤ、最新エッセイ『ぼくの宝ばこ』レビュー:可愛いものを愛した「ぼく」がつづる、なじめなさの記憶の画像1
『ぼくの宝ばこ』(講談社)

――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。

『ぼくの宝ばこ』(少年アヤ、講談社)

【概要】

『尼のような子』(祥伝社)、『焦心日記』(河出書房新社)など、自身のセクシュアリティや恋愛、家族や過去のトラウマとの対峙を、時に諧謔を交えながら研ぎ澄まされた文章で表してきた少年アヤの最新エッセイ集。好きなものを好きと言えなかった少年期や「オカマ」を自称していた過去を積み下ろし、あえて真っすぐに「かぐわしいもの、きらめくもの」への愛をつづり、自身の思い出をひもとく。女性マンガ誌「ハツキス」(講談社)に連載されたエッセイをもとに、大幅な加筆修正を加えて書籍化。

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「ぼくはかぐわしいものが好きです。きらめくものが好きです。それだけのことで、うんこみたいな扱いを受けてきました」

 胸をつく文章で始まる少年アヤの『ぼくの宝ばこ』は、少年アヤが愛してやまない美しいものや人、光景をそっと見せてくれるエッセイ集だ。幼少期の思い出から現在の話に至るまで、エピソードごとに小さなドアを開けて異なる世界をのぞくような楽しみがあり、それぞれ著者が浸った空気感ごと味わわせてくれる掌編が収められている。

 セーラームーン、サンリオ、少女マンガ誌の付録、ファンシーグッズ、セボンスター、竹下通り、祖母がくれたお土産、東京タワー、恋人――著者が見せてくれる「宝」は、いわゆる“可愛いもの”も多い。これらのものが大好きな人々にももちろんおすすめしたいが、“可愛いもの”とは一歩距離を置いてきた、なじめないと感じてきた女性にこそ、本作は深く刺さるかもしれない。なぜなら『ぼくの宝ばこ』には、可愛いものへの愛情と一緒に、“なじめなさ”の記憶が詰められているからだ。

 冒頭に引用した「ほんとうを生きたい」で示されている通り、著者にとって好きなものを真っすぐに好きと言うことは、同性の集団から外れること、時にあざけりの対象となることと同義だ。チャンバラやミニ四駆が大好きな「ただしい男の子」である同級生・しがくんとの交流を回想する「彼らとぼくのみぞ」。そこに描かれているのは、好きなものを素直に好きと叫べる同性への苦手意識と、かすかな羨望、絶望、それでも手放せない「かぐわしいもの、きらめくもの」で形づくられた聖域への小さな自負。

 著者の宝ばこに収められた大切なものたちは、理不尽な世界を生き抜くために、子どものころから慎重に編まれてきた命綱の一部だ。その命綱は、鏡で映したように「ただしい女の子」に上手になじめなかった女たちのもつれた記憶もたぐり寄せ、ゆっくりと解きほぐしていく。

 本書は、著者が少しだけ開けてくれたドアから、どこか人を安心させるような美しい世界を心ゆくまで満喫できるエッセイであると同時に、さまざまな局面で声を上げられなかった人の存在、もしくは幼すぎてうまく整理がつかなかった子どものころの記憶を、読者に意識させる。セーラームーンになりたいとストレートに言えなかった男の子の痛みを想像させる「ぼくはセーラームーンになれた」。「子どものころ、コンビニでエロ本が読めるのってうれしかった」と切り出しながら、なぜ性的表現にはゾーニングが必要かという問いへの一つの回答に美しく帰結する「うさぎちゃんをいじめるな」。好きなものを好きとはっきり顕示できない、さまざまな“クローゼット”への優しいメッセージとも読める「いっしょにおでかけ」。人に嫌われがちな毛虫が、踏み潰されそうになりながらけなげに道を横断しようとする姿に、消えてしまえとののしりを受けた自身を投影する「ちいさなものたちへ」――。

 少年アヤがその繊細な表現力、巧みな構成力、知性を駆使して組み立てたエッセイが架け橋となって、声を上げられずに「いないもの」とされる人々や、今この瞬間も見えないところで膝を抱える寄る辺ない子どものそばまで、私たちの想像力をつなげようとしてくれる。

 かぐわしいものやきらめくものが好きな男の子、というだけでうんこだと笑われる世界は、やっぱり理不尽だ。それはセクシュアリティに限らず、すべての“自分では選べない側面で多数派から外れてしまう子ども”が受ける痛みと地続きで、そういう子どもが普通に受け入れられる余地のある世界であってほしいと思う。そして、著者がさらっと看破する通り、可愛いものが好きな男の子をあざけってもよいとする思想の底には、「女たちの側に転落した男」への侮蔑もまたある。

 まだまだ「ただしい男の子」の生きやすさを前提とした世界で、著者がピエロにならず自虐せず、美しい言葉で好きなものを素直に好きと語ることは、世界の枠を緩ませる大きな意味がある。自分たちをうんこだと笑う集団の声がどんなに大きくなっても、鈍せず、怒り悲しみ、同時に愛するものにうっとりすることが、理不尽な世界を徐々に組み替えることに必ず連なっている。それが大げさだなんて、私は全く思わない。
(保田夏子)

最終更新:2020/06/13 17:00
ぼくの宝ばこ
誰かが決めた「ただしい」に縛られなくていい

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