『ザ・ノンフィクション』レビュー

『ザ・ノンフィクション』「社会に知ってほしい」のは誰のためか「生まれてくれて ありがとう ~ピュアにダンス 待寺家の17年~」

2020/06/08 17:22
石徹白未亜(ライター)
『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)公式サイトより

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。6月7日は「生まれてくれて ありがとう ~ピュアにダンス 待寺家の17年~」というテーマで放送された。

あらすじ

 神奈川県小田原市で動物病院を開業している待寺家の三人兄弟の末っ子として生まれた優。ダウン症だとわかった時、母の幸は優を見たくなく、部屋にほったらかしにしていたこともあったと、今思えばかわいそうでしたね、と涙ながらに話す。心臓疾患のあった優は生後9カ月で呼吸が止まり、緊急手術の末に生還する。そのときのことを父、高志は「生涯何があっても、この子と一緒に生きていく」と決意したことを振り返る。

 暗中模索の子育ての中、優は13歳でダンスに出会う。ダウン症のある人のためのエンタテイメントスクールLOVE JUNX(ラブジャンクス)の中で頭角を表していき、安室奈美恵、DA PUMP、AKB48にダンス指導を行った牧野アンナも優のダンスの才能を認める。優はセンターポジションで踊るようになり活動の幅を広げていくが、「ダウン症のダンサー」という言葉が前に出るのを嫌がり、一時ダンスから遠ざかる。現在30歳になった優は、地元の福祉作業所に通いつつ、母の送迎で東京のダンススクールに週2で通う生活を続けている。

 ある日、憧れのダンサー植木豪(PaniCrew)から、優の人生をテーマにしたダンス舞台の出演オファーが来る。w-indsの千葉涼平をはじめとするトップダンサーたちの中で振りについていけない優だったが、懸命な練習で食らいついていく。

 舞台の初日は2020年3月24日。しかし新型コロナウイルスの感染拡大を受け、2月26日には政府からイベントの中止要請が出たことで、優の舞台も中止となってしまう。幸は涙し、優は何も言わずに舞台で使われる予定だった歌を歌い続けていた。しかしその後、8月の再演が決まる。

社会に広く知ってほしいのは「自分のため」?

 優のダンススキルは「障がい者とダンス」と聞いて、想像してしまいがちなものとは一線を画している。まずダンスのジャンルが「ブレイクダンス」だ。ブレイクダンサーが決めのときに行う「片手で逆立ちして、さらに脚を音楽にあわせて大きく動かす」、あの動きを、優も大観衆のステージ上でこなしていた。そのため、優の腕は10代半ばにして体操選手のような太さで、腹筋も割れていた。

 番組の最後、中止扱いになっていた優の舞台の8月開催が決まり、稽古場で沸き立つダンサーたちの光景が映された。その画面に「新型コロナ 東京都で新たに14人の感染確認」というニュース速報のテロップが入り、なにもこのタイミングで流さなくていいじゃないかと無慈悲な仕打ちに思えた。治療薬、ワクチン方面の進捗が芳しくない現状では、あらゆる興行が「様子見」という中止を視野に入れた中で再開していくしかないのだろう。

 舞台に立つ人にとって、コロナ禍で発表の場を奪われ厳しい日々が続いているのは想像に難くなかったが、こうして番組内で踊る優やダンサーたちの練習の日々が放送されると、中止の無念が一層伝わり切ない。

 最初はトップダンサーたちの動きについていけなかった優だが(周りがうますぎるのだ)、番組最後では素人目にもかなり改善されていた。こうした優やダンサーたちの努力の日々は、この『ザ・ノンフィクション』がなく、かつ、8月の振替公演もなく中止になっていたら「なかったこと」になっていたのかと思うと恐ろしい。

 待寺夫妻は、優をどう育てていくかという方針に、ずれがある。母、幸は優のダンスも体が続けられなくなるまで続けてほしいと、優を小田原から東京のダンスクルールへ週2回、車で送迎するなど献身的に支える。一方で父、高志は、ダンスはほどほどに、優の自立を願っている。幸の「(優を)広く知ってほしい、周りに、社会に、福祉に」という願いを、高志は「(優のためではなく)自分(幸)のためではないの」とも指摘する。これは、どちらかが明確に正しく、どちらかが明確に間違っている、と言えるような単純な話ではないだろう。

35年間ダンスを踊り続けて見えた夢のつかみ方
一人で自立できなくても迷惑かけもいい
アクセスランキング