高橋ユキ【悪女の履歴書】

アパートのカーテンに火をつけ、駅前でめった刺し……「有名大学の彼」を殺めた、人気風俗嬢の悲しき“覚悟”【世田谷・学習院大学生刺殺事:後編】

2020/05/31 18:30
高橋ユキ(傍聴人・フリーライター)

スーパーで包丁を買って、トイレでバッグにしまった

 実際、女はいた。福岡さんは先ほどまでこの部屋で過ごした19歳の女の子を、神奈川まで送っていたところだったのだ。ガチャ切りされた電話を握りしめながらしばらく放心した典子は、せめてもの腹いせにと、部屋のカーテンを燃やそうとした。ところが、火をつけたところすぐ火災報知器が作動し、大家が駆けつける騒ぎに。慌てて部屋を飛び出し、再び福岡さんに電話をかけると、こう罵られた。

「馬鹿野郎! お前の親に来てもらうからな、弁償しろよっ!」

 19時に経堂駅で待ち合わせる約束をして、典子はスーパーに入った。トイレで用を足してから、調理器具売り場で刃渡り20センチの洋包丁を買った。もう一度トイレに入り、包丁を抜き身にして、ショルダーバッグにしまった。このとき、典子は福岡さんの目の前で死ぬ覚悟を決めていた。

 19時過ぎ。駅で落ち合ったとき、再び福岡さんに罵倒された。マンションに向かう途中の横断歩道で信号待ちをしていたとき、背中や頭を拳で殴られた。こう言いながら。

「お前なんか、懲役くらって、臭い飯を食った方がいいんだ!」

 典子が福岡さんの求めに応じ、金を出してきたのは「いずれ結婚する関係だから、財布はひとつ」……こんな考えからだった。福岡さんの妻となり、自分の店を持つために、風俗で週に6日の勤務をこなしてきたのだ。

 だが、この言葉を聞いて、そんな未来を夢見ていたのは典子だけだったとようやくわかった。

 バッグの中に利き手の左手を突っ込み、抜き身の包丁を取り出した典子は、それを、彼の胸元めがけて振り下ろした。

【参考資料】
「週刊女性」 1997年11月11日号
「メンズウォーカー」 1999年6月22日号
「週刊文春」 1997.年11月6日 1999年4月29日・5月6日号
「週刊新潮」 1997年11月6日号、1998年1月1日・8日号
「FOCUS」 1997年11月5日

高橋ユキ(傍聴人・フリーライター)

高橋ユキ(傍聴人・フリーライター)

傍聴人・フリーライター。2005年に傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。著作に『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)など。好きな食べ物は氷。

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Twitter:@tk84yuki

最終更新:2024/01/16 14:45
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