高橋ユキ【悪女の履歴書】

アパートのカーテンに火をつけ、駅前でめった刺し……「有名大学の彼」を殺めた、人気風俗嬢の悲しき“覚悟”【世田谷・学習院大学生刺殺事:後編】

2020/05/31 18:30
高橋ユキ(傍聴人・フリーライター)

 渋谷典子(仮名・当時26)が、福岡則夫(仮名・当時21)さんをめった刺しにしたのは、1997年10月19日、19時15分過ぎのこと。福岡さんは近くの病院に搬送されたものの、1時間半後に息を引き取った。学習院大学文学部哲学科4年生の福岡さんと、風俗店勤務の典子。出会いは、福岡さんのアルバイトがきっかけだった。夜の六本木でスカウトマンとして稼ぐ福岡さんが、山梨に暮らす典子を口説き落とし、新宿の風俗店に入店させたのだ。「有名大学の学生でしっかりしている」ーー親身に世話を焼く彼を信用した典子は、「お金を貯めて美容院を開き、彼と結婚する」という夢を持つ。マンションに同棲し、多い月で250万円は稼ぎ、店でもナンバー3となった典子だったが、福岡さんには、スカウトの顔とも、大学生の顔とも違う、別の顔があった。

(前編:風俗スカウトマンで「有名大学の真面目」な彼との同棲――人気ヘルス嬢に芽生えた殺意【世田谷・学習院大学生刺殺事件】)

スカウトマンには「風俗の女の子が札束に見える」

 女性と遊びたい盛りともいえる21歳の福岡さんは、典子と同棲しながらも、彼女を特別扱いしなかった。彼の携帯電話には、典子の知らない複数の女の子たちから毎日、電話がかかってくる。はじめの数カ月は仲の良かった二人も、些細なことで喧嘩が絶えなくなった。まもなく福岡さんは喧嘩の際、典子に手を出すようになる。

「福岡には、『ガキのうちから、女を殴ってどうするんだ』と説教をしたこともあるよ。『もう、絶対そんなことしません』って答えてたけど、そのときだけだったね。外面のいい子で、喧嘩したあと、仲直りエッチしてごまかすんだよ」

 典子と同じ店に勤め、同じマンションに入居していた女性はこう証言した。彼は典子を平手でなく、拳で殴った。お店に出た典子が、顔や足を腫らしていることもあった。

「私、彼女によく聞いたんだよね。『付き合って何が残る?』って。『何もない』って答えてた。『前にも向かっていない』って。いつも彼のことで悩んで、別れることを真剣に考えてたこともあるけど、結局は許してしまうんだよね」

 周囲からは“尽くすタイプ”と言われていた典子は、自分のほうが年上だということもあったのか、福岡さんの食事代はもちろん、生活費まで面倒を見ていた。それどころかブランド好きな福岡さんが4年生になったときは、ブランド物のリクルートスーツまでプレゼント。彼はそのスーツを着て臨んだ氷河期時代の就職活動で、ほどなくアパレル会社の内定を勝ち取っている。

 福岡さんのスカウト仲間は、スカウトという仕事柄、女性を見る目も変化すると語っていた。

「スカウトという仕事は、ナンパと同じです。とにかく相手に好かれないと、次の段階には進めない。個人的に付き合ってもいい、という男でなければ女の子は信用しないですからね。自分らにとって、風俗に勤めてくれる女の子は金のなる木。札束に見えます。福岡も、同じ場所でスカウトしてました。『風俗の女の子が札束に見える』という気持ちも、同じだったと思いますよ」

 確かに福岡さんは、典子を“札束”として見ていたフシがある。リクルートスーツだけでなく、マルイで思う存分買い物をしては、その支払いを全て典子に押し付けてもいた。そして事件2カ月前「淋病事件」が起こる。

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