[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

韓国映画『タクシー運転手』異例の大ヒットがあぶり出した、「光州事件」めぐる国民の怒りと後悔

2020/05/15 19:00
崔盛旭

国民の共感を呼んだ、「外側」からの視点

 物語からもわかるように、マンソプは知識も教養もない一般「庶民」と呼べるような存在であり、当初学生デモにもまったく理解を示していなかった。そんな彼がソウルという「外側」から光州に入り、少しずつ真相に近づきながら権力者の横暴に目を覚ましていく、という作り方そのものが、私を含め多くの韓国人の共感を呼んだのではないだろうか。

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 というのも、当時ほとんどの国民は軍事政権の捏造通り、光州事件をアカによる反乱だと信じ切っていたのだ。そして時が流れ、軍事政権が幕を下ろし、徐々に事件の全貌が明らかになるにつれて、外側の人々は軍事政権への怒りと同時に、事件から目をそらしてきた己の愚かさを恥じ、事件の犠牲者に対する罪悪感にさいなまれるようになっていった。いまさら光州事件を自分が語るのは図々しい……そんな複雑な思いを多くの人が抱いていたところに、マンソプが登場したのだ。自分と同じ目線を持つマンソプに感情移入し、事件を目の当たりにして次第に変わっていく彼に自分を重ね合わせる――本作の大ヒットの背景には、多くの韓国人(観客)に共有されていた、歴史をめぐる国民的心情があったと考えられる。

 ではここからは、光州事件についての歴史的な経緯を紹介していこう。光州事件は1980年5月18~27日にかけて、韓国南部の都市・光州で起こった反軍事独裁・民主化闘争運動である。その端緒は、79年10月26日の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の暗殺事件にまで遡る。朴の暗殺をきっかけに全斗煥による軍事クーデターが起こり、それに対する抵抗として光州事件は始まったのだ。

 暗殺から2カ月後の12月12日、全と盧泰愚(ノ・テウ、後に全に続いて大統領になる)らが率いる軍の組織がクーデターを起こして実権を掌握する。18年間にも及んだ朴の独裁政権が終わり、いよいよ韓国にも民主化の春が来ると思われた矢先だったため、社会全体からの反発は大きく、とりわけ大学の春休みが明けた80年4月以降は、大学生や労働者たちのデモが全国に拡大していった。

 全の率いる新軍部は、5月17日に集会の禁止や報道の事前検閲、大学の休校など戒厳令の拡大措置を発令、翌18日には他の大学と同じように、光州の全南(チョンナム)大学でも学生と戒厳軍が対峙したのだが、光州では戒厳軍が突然棒で手当たり次第に殴り始め、学生は次々と連行された。市民らが軍の過剰な暴力に驚き止めに入ると、軍は一般市民に対しても暴力を振るい、こうして市民を巻き込んだ光州事件が始まったのだ。

 19日、市民によるデモが大きくなるにつれ、戒厳軍も兵力を増やし、ついに市民に向けて発砲を開始した。この発砲を命じたのが誰かという問題は、現在でも大きな争点となっている。韓国の憲法に「国軍は、国家の安全保障および国土防衛の神聖なる義務を遂行することを使命とし」(第5条)とあるように、国民を守るはずの軍が主権者である国民に向かって発砲することは、いわば「反逆罪」にあたる。それだけの判断を最前線のいちチ軍人や作戦本部が行うはずもなく、軍のトップだった全が命令を下したことは間違いないものの、全自身が否定し続けているのが現実だ。20日には軍の銃撃に対抗して市民も武装を始め、組織化して軍の撤退や民主化を要求する声明を発表する。しかし軍による統制で孤立状態に陥っていた光州の声が外部に届くことはなかった。

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