老いてゆく親と、どう向き合う?

「両親がいないという現実と空虚感に襲われる」介護を終えた娘が抱える思い

2020/05/24 18:30
坂口鈴香(ライター)

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける” ――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

  そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

 両親を見送った春木直美さん(仮名・53)の話を7回にわたって続けてきた。直美さんは仕事をしながら、そして離婚して実家に戻った娘、ひとみさん(仮名・27)の幼い子どもの面倒も見ながら、両親を何度も襲う病気やケガに対処してきた。両親が亡くなった今、直美さんはどういう思いでいるのだろう。

nanairo125さんによる写真ACからの写真

母の介護は後悔することばかり

 孤軍奮闘してきた長い介護が終わった。直美さんは、「父の介護に悔いはない」と言う一方で、母の八重子さん(仮名)については「後悔することばかり」と明かす。

「廃人のようになっていく母を見るのがつらくて、母の最期の数カ月、私は施設にも病院にもほとんど行くことができず、娘に行ってもらっていたんです。娘は、母と話ができなくても、母が娘のことをわからなくても、『生きていてくれるだけでいい』と言っていました。それなのに、私はそんな母の姿を見たくなかった。後ろめたく思いながら、自分の気持ちを優先してしまったんです」

 両親を失ったあと、 直美さんと時にはぶつかりながらも一緒に走り続けてくれたひとみさんは、再婚して家を出て行った。昨秋、 一人になった直美さんの住む市は、台風や川の氾濫と大災害に見舞われた。

「誰にも頼れず心細い思いをしましたが、一人で乗り切れたのも、 父が残してくれた懐中電灯があったから。戸棚からこれを見つけたとき、 ハッと気がついたんです。父が一晩中、嵐のように部屋を散らかしていたのは、家で過ごす最後の時がきたと気づいて、身辺整理をしていたんだと。当時は、また暴れていると思って腹が立ったけど、こうして見ると必要なものがちゃんとわかるように仕舞われている 。父の思いに気づき、昔気質な人だったけど、本来は優しい性格だったと思い出しました」

 二人を失って、改めて両親の子どもでよかったと思う、 と直美さん。二人の写真に「行ってきます」「ただいま」 と挨拶する毎日だ。

「それでも、両親がもういないんだという寂しさがたびたび襲ってきます。同じ一人暮らしでも、親が生きているのといないのとではまったく違うんです。もう二度と母のおいしい料理を食べることもできない。買い物に行って待ち合わせをすることもできない……そんな現実と空虚感に押しつぶされそうです」

 ここ数年は両親の介護で仕事どころではなかったので、仕事も減ってしまった。

「二人の新盆をすませて、少し体を動かせるようになってきたので、単発の仕事を再開したところです。まだまだつらい日々ですが、春になって母の喪が明けたら、吹っ切れるかなと思っていたんです。こんな話をする気になったのも、親への思いを吹っ切るためでもあるんです」

 直美さんの両手首には、それぞれ両親の“思い出”がつけられている。仕事の繁栄を願って母・八重子さんが手作りしたブレスレットは右手首に、左手首には父・謙作さんの腕時計だ。落ち着いたら、思い出のあるこの家から引っ越そうと思う、と静かにほほ笑む。少しずつ荷物を片付けているところだ。

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