NHK『クローズアップ現代+』「“虐待後”を生きる若者たち」考察

虐待を受けた子どもの苦しみを理解する重要性――NHK『クロ現』「虐待後」を生きる~癒えない心の傷~

2020/02/27 20:19
山脇由貴子(家族問題カウンセラー)

大人になっても自傷行為を繰り返す

 番組に登場した半グレ集団に所属していた若者は、所属する場所がない孤独感によって、グループから言われることを何でも受け入れてしまった、と語った。「断ることができない」というのも、虐待を受けて育った子どもの特徴だ。嫌われたくない、不機嫌になってほしくない、そして失いたくない。その気持ちから、頼まれたことは何でも引き受けてしまうのだ。頼まれると断れないため、女の子たちは性被害に遭いやすくなる。

 10代から複数の男性と性的関係を持ってしまうのも、虐待を受けて育った女の子には珍しくない。強い孤独感を解消したいからだ。そして、愛してほしいからだ。彼女たちは「優しくしてくれるなら誰でもいい」と言うし、「抱きしめてくれるだけでうれしい」と言う。高校生の女の子が、ネットで知り合った40代のおじさんから抱きしめてもらって「うれしい」と感じるのだ。それが瞬間的であっても。「自分を大事にしなさい」と周りの大人からどれだけ言われても、彼女たちには通じない。大事にされたことがないから、大事にする、ということがどういうことかわからないのだ。

 自傷行為を繰り返す子どもも少なくない。大人になっても続く場合が多い。リストカットや太ももを傷つける、大量服薬、過食嘔吐。全ては愛情を注いでもらえなかったことにより、毎日生きているのが苦しいからであり、自分が生きている意味を見出せないからであり、将来に希望が持てないから。そして、頼れる人、相談できる人がいないからだ。

 私のオフィスにも、児童相談所時代に関わった、たくさんの子どもが大人になった今も苦しみを抱え、通って来ている。中には、30歳を過ぎている女性もいる。皆、いまだに心の傷が癒えておらず、時に死にたくなったり、涙が止まらなくなったり、親の事を思い出して苦しくなるからだ。

 虐待を乗り越えたとして番組に出てきた41歳の男性は、今は妻と子ども2人と生活している。虐待を乗り越えたきっかけは、市民セミナーで自分史を作り、皆の前で虐待経験を語り、それが受け入れられたことだった。自分の生い立ちを整理するのは、虐待を乗り越えるために重要だ。思い出すのがつらくても、親にどんなことをされたのか。それが今の自分をどんなふうに苦しめ、生きづらくさせているのか。そして自分はまったく悪くなかったことを、誰かに認めてもらうことが重要なのだ。

 虐待を受けて育った子どもへのケアはもっと手厚くすべきだ。彼らの抱える心の傷を考えると、生活場所の保証はもちろんのこと、就職先にも抱えている問題を理解してもらうこと、生活費の援助も国は検討すべきだと私は思う。

 番組の最後には、京都の新しい取り組みが紹介された。地域で支える、という発想だ。地域の中小企業グループが虐待を受けた子どもを引き受け、転職もよしとする。そして地域の人たちが、子どもの親代わりとして関わる。親がいない子どもたちにとっては心強いことだろう。国が子どもたちへのケアを手厚くする、と並行し、地域で支える、ということも、進めてゆくべきではないだろうか。

山脇由貴子(家族問題カウンセラー)

山脇由貴子(家族問題カウンセラー)

家族問題カウンセラー、子育てアドバイザー、心理カウンセラー、作家。都内児童相談所に心理の専門家として19年間勤務。現在、山脇 由貴子 心理オフィス代表。新聞、テレビ等で児童虐待に関するコメントを発信。著書『教室の悪魔』(ポプラ社)『告発 児童相談所が子供を殺す』(文春新書)『思春期の処方せん』(海竜社)他多数。

山脇由貴子心理オフィス

最終更新:2020/02/27 20:19
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