[官能小説レビュー]

ポリアモリーの先にある愛と悲劇を描く、官能小説『あやまちは夜にしか起こらないから』

2020/01/27 21:00
いしいのりえ
『あやまちは夜にしか起こらないから』(新潮社)

 「ポリアモリー」という言葉をご存知だろうか。端的に言うと「複数恋愛」で、配偶者や1番目の恋人、2番目の恋人とも真剣に付き合うという恋愛スタイルである。

 不倫や浮気とまったく異なるのは、「プライマリー」と呼ばれる一番大切な相手に、これから交際する「セカンダリー」を紹介し、プライマリーから了承を得るというところらしい。それぞれ後ろめたさを感じず、オープンにポリアモリーという関係を楽しむのだ。

 今回ご紹介する草凪優氏の『あやまちは夜にしか起こらないから』(新潮社)は、ポリアモリーをテーマにした官能小説だ。

 舞台となるのは、東京郊外にある、自由な校風で知られる私立六角堂学園。新任教師の佐竹は、クールで美しい音楽教師の万輝が気になっていた。2人きりで残業をしていた夜、激しい雨と雷をやり過ごそうと、学園からタクシーでワインバーへ行く。佐竹は、学園に赴任する前から万輝のことを知っていた。佐竹が通っていたジャズバーで、男装をしてピアニストをしていた万輝の演奏に魅了され、「彼」に一杯ご馳走をした――その「彼」が、万輝だったのだ。

 ワインを飲み、酔っ払った万輝と佐竹はずぶ濡れになりながらホテルへ向かい、セックスをする。そこで佐竹は、万輝に「セカンダリーになって欲しい」と言われるのだ。

 万輝にはプライマリーがいたし、佐竹にもいた。同じ学園で働く家庭科教師の雪乃である。交際してからまだ間もないが、家庭的で結婚願望が強い雪乃は、ベッドでも「尽くすタイプ」で、一度抱いただけで彼女のセックスの虜になってしまった。

 しかし佐竹は、雪乃の部屋でくつろいでいた時に訪ねてきた男から、雪乃の秘密を知ることになる。突然現れた十代とおぼしき若い男は「雪乃と付き合っている」と告白する。彼は雪乃の教え子で、彼女に童貞を捧げた。雪乃は学園内の男子生徒から「サセ川先生」と揶揄されるほどの童貞ハンターだったのだ。

 万輝のセカンダリーになることを拒絶していた佐竹だが、過去の一件を聞いた夜から、自然と雪乃とは距離を置くようになり、頻繁に万輝との逢瀬を楽しむようになった。やがて佐竹は、万輝のプライマリーが六角堂学園のカリスマ教頭の久我で、学園の広告塔である妻・冴子と共に、万輝を恋人として肉体関係を持つことを知る。

 万輝が久我夫妻にオモチャにされていると感じた佐竹は、彼女に素直な気持ちを打ち明ける。ポリアモリーなどという馬鹿げたことをやめ、俺だけのものになってほしい、と――。

 大切な恋人にもうひとりの恋人がいるということは、嫉妬につながる。その嫉妬を感じられるからこそ、パートナーへの愛が深まり、持続してゆく。交錯した悦楽はやがて歪みを生じて、悲劇を呼び起こしてしまう――。

 ラストは悲しい事件が起きてしまうが、その先にはうっすらと希望が垣間見える。人間の薄汚い快楽をまざまざと突きつける草凪氏だが、彼らしい、希望のある温もりのあるラストである。愛する人はひとりがいい、というファンタジックに浸れる一冊である。
(いしいのりえ)

最終更新:2020/01/27 21:00
あやまちは夜にしか起こらないから
不倫とは違うんだよね
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