『ザ・ノンフィクション』レビュー

『ザ・ノンフィクション』思い出がもたらす生きる力「父を殺した母へ あれからの日々~無理心中から17年目の旅~」

2019/12/24 11:50
石徹白未亜(ライター)

思い出は思いがけないほど自分を支えている

 勝にとって、親類縁者に会うことだけでなく「かつて自分の暮らした町や家を見ること」自体が果たした役割も大きいように思う。勝は台湾でかつて暮らした家を探すとき、途中まではスマホの地図アプリを頼って半信半疑で町を歩いていたものの、一つ道を曲がって、見覚えのある道や果物屋が見えた途端、表情がぱっと明るくなった。幼少期を過ごした韓国の家も、外壁は変わっていたものの記憶がよみがえり、近くの海で遊んだことも次々に思い出していて、その表情も明るかった。「親族をたらい回しにされ、ないがしろにされた韓国時代」も事実だったのだろうが、それ以外の幸福な記憶もよみがえったことで、過去の色合いが変わったのだろう。

 私は引っ越しが好きだ。引っ越し魔といえるほど転々としているが、それで得られる財産というと、思い出のある町がたくさんできたことだ。旅行した町を再訪し「前にもこの道を通った、この電車に乗った」と思い出すことはうれしいもので、それがかつて住んでいた町となると格別だ。当時よく行っていたスーパーやファストフード店が相変わらずそこにあることだけでうれしくなり、気分が上がるのだ。勝ほど壮絶な過去がなくても、思い出は、思いがけないほどに自分を支えている。

石徹白未亜(ライター)

石徹白未亜(ライター)

専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。ネット依存を防ぐための啓発講演も行う。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)など。

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いとしろ堂

最終更新:2019/12/25 13:51
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