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痴漢冤罪を「ネタ」にしてしまう漫才と『スカッとジャパン』 痴漢が趣味で娯楽だった時代はまだ続いているのか?

2019/12/11 20:00
サイゾーウーマン編集部(@cyzowoman

 痴漢という性暴力は、かつて「犯罪」と認識されておらず、趣味のひとつ程度のものだった……何十年も前の雑誌や新聞記事を読み解き、痴漢を娯楽にしていた日本社会の実像に迫った牧野雅子さんの『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(エトセトラブックス)は、衝撃的な一冊だ。

 今ようやく、「痴漢は犯罪です」という駅のポスターもあるように、痴漢が趣味でも娯楽でもなく性暴力であるとの認識が広められつつあるが、大衆への強い影響力を持つテレビでは未だに痴漢を“笑いのネタ”として扱い、物議を醸している。

 ひとつめは12月8日放送の『THE MANZAI 2019 マスターズ』(フジテレビ系)。お笑いコンビ・NONSTYLEが「電車内でのトラブル」をテーマにした漫才を披露し、痴漢冤罪を再現するシーンなどがあった。

 NONSTYLEは電車でのトラブルとして「席の譲り合い」「駆け込み乗車」「酔っぱらいに絡まれる」を挙げた後、井上裕介が「痴漢の冤罪にも気を付けるべき」として、石田明に<お前が両手で吊革を持っててもよ、触られてないのに触られた~とか言う女子高生の詐欺集団みたいなのがおる>と言う。

 そこからは、井上が「痴漢された」と嘘をつく女性、石田が痴漢を疑われる男性として、車内での痴漢冤罪シーンを再現する展開。石田が井上の臀部を触ったり慰謝料を渡すなどのボケを連発し、笑いをとった。

『スカッとジャパン』では痴漢呼ばわりする女を成敗
 ふたつめは9日放送の『痛快TV スカッとジャパン』(同)。この日の番組テーマは「あなたのピンチを法律が救う」で、「痴漢呼ばわりしてくる女を法律で成敗した話」というストーリーが紹介された。内容は次のようなものであった。

 物語の主人公は中年の男性。男性が満員のバスに乗ると、ファーストサマーウイカ演じる隣にいた女性に、<近づくの止めてください>と牽制される。その後も女性は男性に、<警察に電話して痴漢で~すって訴えますから><おじさんサラリーマンでしょ? 訴えられたら困るんじゃないの?>といった言葉をぶつけてくる。そこへ、大東駿介演じる弁護士が登場。女性に対して、痴漢被害の捏造は刑法172条に触れるもので、実際に有罪判決を受けた人もいると語り、おじさんにも広い心で接してくださいと諭すのであった。

<女性が社会的に弱い立場にあるとはいえ、今の時代何かとおじさんの肩身が狭いのも事実。もう少し広い心で接してあげませんか>

 痴漢呼ばわりする女を成敗するエピソードには、スタジオの出演者が全員が「スカッと」のボタンを押した。ゲストの橋本環奈も、「痴漢冤罪は多いのでVTRを見てスカッとした」とコメントしている。なお、痴漢冤罪の件数や発生率を調査した資料は存在しない。

<高校に通っているときに「痴漢の被害が多い」みたいな話を聞いていて。でも、それによって痴漢の冤罪も多かったりするじゃないですか。だから、(VTRを見て)スカッとするなと思いました>

 また、司会の内村光良は、VTRの中年男性の気持ちがわかると同情。「電車に乗るときはいつもこうしている」と、両手でつり革につかまるジェスチャーをし、スタジオは笑い声が響いた。

 しかしこれらの番組に対して、ネット上では「痴漢被害や冤罪被害を軽視している」と否定的な意見が噴出している。痴漢は性犯罪、痴漢の冤罪もひとりの人間の人生を壊しかねないものだが、なぜバラエティで笑いのネタにしてしまえるのか不思議だ。

 また、どちらの番組も痴漢に関して冤罪ばかりが先行している。ノンスタイルの漫才は「電車内でのトラブル」をテーマにしていたが、そもそも痴漢そのものが大きなトラブルだ。痴漢がなければ冤罪も発生しない。『スカッとジャパン』の痴漢呼ばわりする横暴な女を成敗するという構図は、「痴漢被害を訴える女にろくなやつはいない」「痴漢被害はどうせ冤罪」というイメージを植え付けかねない。

NHKで放送した痴漢の検証実験
 テレビが痴漢や冤罪を笑いのネタとして取り上げたことは昨年もあった。昨年3月に放送された『ろんぶ~ん』(NHK)という、ロンドンブーツ1号2号の田村淳の番組でのことだ。番組では、痴漢に関する論文をいくつか紹介したが、それは痴漢が犯罪であり暴力であることへの認識が不足していると言わざるを得ないものだった。

 最初に紹介された論文『手はどのように知覚されるのか?-臀部における触判断の検討-』。痴漢は客観的証拠が少ないため、被害女性の証言が唯一の証拠として争われるという。被害女性は当時の様子を具体的に証言する必要があるということから、出演者らも被害者の精神的負担を問題視していたが、すぐに、「誤って捕まった男性も悲劇」という冤罪批判の流れに話は変わる。

 手のひらや指先、リュック等で臀部を触られたとき、どのくらい正確に何で触られたのか回答できるのかを調べた研究を持ち出し、「本当は触られていないのに、触られたと誤認することがいかに多いか」を述べた。正答率の最も高かった「手のひら全体で触られた人のうち、手のひら全体で触られたと回答した人は40%」という研究結果は、「60%が間違えた」という形で紹介された。

 さらに、臀部の感覚がどれだけ不確かなのかを確かめるために、耳栓、ヘッドフォンをつけ背中を向けた状態の田村の臀部を、パンサーの向井慧氏が手や前で抱いたリュックで触るという検証実験を実施。向井はリュックを田村の臀部に押し付けるが、田村は「手のひら全体で触られた」と誤認してしまう。すると向井は「冤罪が発生しました!」と笑いながら叫ぶなど、実験は茶化しながら行われた。

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 痴漢は被害者に深刻な傷や恐怖心を与える暴力的な行為だし、痴漢の冤罪は確かに悲劇だ。そうである以上、他の事件と同様に神妙な顔で扱っていいはずだが、なぜか痴漢は“笑いのネタ”として軽く扱われてしまう。テレビが率先して、「痴漢は冤罪が多い」「冤罪は怖い」と発信することによって、実際の痴漢被害者が声を上げにくくなるのではないか。

最終更新:2019/12/11 20:00
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