【特集:安倍政権に狙われる多様性ある社会】

女性やマイノリティの権利、女性運動はなぜ“後退”したのか――バックラッシュ~現代に続く安倍政権の狙いを読む

2019/12/19 21:30
小島かほり

「女性=産む性」にこだわる保守派

――行政の男女共同参画へのバックラッシュとして、山口さんが印象に残っている事例を教えてください。

山口 男女共同参画へのバックラッシュは、男女共同参画条例の制定、当時次々に建てられていた男女共同参画センターやそこで行われていた啓発活動への反対、ジェンダー平等教育や性教育、アカデミックなフェミニズムへの批判など、さまざまな側面がありました。当時の保守派は、男女共同参画やフェミニズムを、「『男らしさ、女らしさ』を完全に否定する」「マルクス主義や共産主義に基づく革命思想である」「日本を破滅に導く」など、時には荒唐無稽とも思える主張を行い、センセーショナルにフェミニズムを攻撃していました。

 ただ、実際の動きとしては、02年6月に制定された山口県宇部市の男女共同参画条例作りをめぐる動きが、私は印象に残っています。それまでは男女共同参画やフェミニズムの動きにひたすら反対してきた保守派が、宇部市の男女共同参画条例では、「男らしさ、女らしさを一方的に否定することなく」「専業主婦を否定することなく」などの、性別による固定的な役割分担にとらわれないことをうたう男女共同参画社会基本法の本来の方向性と異なる内容の文言が含まれた条例を提案してきたのです。そして可決されたこの条例は、フェミニストたちに大きな衝撃を与えました。この動きの中で大きな役割を果たしていたのが、先ほども日本会議に関わる宗教団体として触れた、山口県に本部を持つ新生佛教教団系の新聞、日本時事評論でした。これ以降、保守派は男女共同参画に反対するだけでなく、自分たちの方向性に沿った内容の条例作りに関わり始め、すでにできた条例については文言の変更を要求するようになっていく、その大きな転機となったのが宇部市の条例だったのです。

 ただでさえわかりづらい「男女共同参画」の中身を、保守派が主張する内容にすり替えてしまうという動きは、現在の安倍政権の男女共同参画や「女性活躍」の政策に帰結しているともいえると思います。

――ジェンダー平等に反対するだけでなく、保守派は性的マイノリティの権利向上にも反対していますね。

山口 性的マイノリティに関しては、宮崎県都城市の事案が象徴的です。同市は03年12月に、当時の岩橋辰也市長のもとで「男女共同参画社会づくり条例」を制定しました。条例の中で「男女共同参画社会」を、「性別又は性的指向にかかわらずすべての人の人権が尊重され、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もってすべての人が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会」と定義しました。これは、「性別又は性的指向にかかわらず」という言葉で性的マイノリティの権利擁護を明文化した、全国で初めての条例でした。ただ成立過程を見てみると、統一教会系の世界日報が「“同性愛解放区”に向かう都城市」といった記事を出し、実際に保守派議員への働きかけも行っていました。結果、わずか1票差で条例は可決されました。しかし、04年12月の市長選で岩橋氏が落選し、新市長のもと市町村合併が行われると、「性別又は性的指向にかかわらずすべての人の人権」から「性別又は性的指向にかかわらず」をカットして「すべての人の人権」に変更されたうえで条例が再制定されました。男女共同参画へのバックラッシュの中には、LGBTなど性的マイノリティへの攻撃が含まれていたことはとても重要なのですが、フェミニズムの立場で運動をしてきた人たちの間でも、その視点が抜けるという問題を抱えてきたと思います。

――保守派による、リプロダクティブ・ヘルス/ライツへの攻撃はあったのでしょうか?

山口 リプロダクティブ・ヘルス/ライツに関しては、男女共同参画へのバックラッシュよりもずっと古くから反動の動きがあります。72年の優生保護法“改悪案”(人工妊娠中絶の要件から、「経済的理由」を削除し、「障害をもつ胎児」を加えようとするなど)に向けて、宗教団体の「生長の家」が当時、大々的なキャンペーンを行っています。また、82年にも「生長の家」が、「経済的理由」を削除するという提案を再び行いました。どちらも保守派の提案は通らなかったのですが、現在の「日本会議」のリーダー層の中には当時、「生長の家」の運動に関わっていた人たちがいるというつながりがあります。また、バックラッシュの時に大きな役割を果たした統一教会でも、同性愛や両性愛を否定するというのが教義の前提にありますし、中絶は禁じられています。もともと欧米のキリスト系保守団体が同性愛に反対し、中絶の禁止をずっと訴えてきて、当時のアメリカではジョージ・W・ブッシュ政権が禁欲を性教育のベースとする動きがありました。統一教会はこうした海外の動向をきちんと見ており、禁欲性教育を日本にも取り入れようとした。

――「男らしさ、女らしさを否定しない」「専業主婦を否定しない」などの彼らの主張や中絶禁止へのこだわりを見ると、女性を家庭内ケア労働に従事させるために性別役割分業、「女性=産む性」への固執が見えてきます。

山口 女性が「産む性」であることの維持には、すごくこだわっています。性別役割分業でいえば、保守派が目指すのは、家庭や地域社会の相互互助を日本の伝統・美徳とした大平正芳内閣の提唱した「日本型福祉社会」なのです。社会保障や教育といった分野での公(おおやけ)の役割を小さくしようとする、新自由主義社会に合わせてアップデートした家制度、つまり子育てや介護の問題を社会化せずに、家族内での相互扶助の問題に終始させたいのです。そこで子育てや介護を担わされるのは、日本社会の現状を考えれば、女性になってしまうことでしょう。自民党が02年に出した改憲草案の中で、家族生活における個人の尊厳と両性の平等を定めた24条には「家族は互いに助け合わなければならない」という文言が新たに加えられています。これはまさに「日本型福祉社会」的なあり方を志向するものだといえます。

 昨年、杉田水脈衆議員議員がLGBTの人たちは「生産性」がないと発言して批判を浴びましたが、その杉田議員は次世代の党に所属して いた14年に「男女平等は、絶対に実現しえない反道徳の妄想」と述べ、男女共同参画社会基本法の廃止を訴える質問を国会で行っています。また、杉田議員は「慰安婦」問題を否定する活動を繰り広げてきた人でもあります。00年代初めのバックラッシュの時代だけではなく、現在に至っても、男女共同参画やフェミニズム批判と、性的マイノリティへのバッシング、さらには「慰安婦」問題などの歴史認識問題もつながったものだということが明らかです。

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