元極妻・芳子姐さんのつぶやき【まとめ】

「元極妻」芳子姐さんが考える「山口組」――若頭出所、銃撃事件、ヤクザ界はまだ嵐【2019年の動向】

2019/11/21 13:00
待田芳子

今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。人気連載コラム「元極妻・芳子姐さんのつぶやき」から、2019年に掲載した山口組にまつわるお話を再録。

元極妻が考える「山口組」二次団体幹部ラーメン店殺害事件

 すでに手打ち(和解)しているそうですが、3月20日に横浜市内のラーメン店でヤクザ同士のケンカがあり、2人が刺されて1人は死亡、1人は重傷を負いました。

 亡くなったのは六代目山口組二次団体・三代目小西一家の小濱直史統括委員長。ネットでは「ラーメン店の厨房の包丁でメッタ刺しされた」との話も出ていますが、真偽はわかりません。また、実行犯はこの原稿を書いている3月28日の時点では、まだわかっていませんが、稲川会二次団体・十二代目小金井一家の組員といわれています。この方も、また長い逃亡生活が続くのでしょうか。

 報道などによりますと、名前が似ていてわかりにくいですが、「小金井一家のシマで小西一家がシノギをしている」ということで、以前から両者の間で話し合いが持たれていたそうです。

元極妻が考える「山口組分裂問題」

4年前のお盆の頃、「山口組が割れるらしい」というウワサが聞こえてくるようになりました。でも、「元」も含めて私たち極妻は、「まさかぁ」と本気にしませんでした。それまでも、山口組のほかヤクザ組織では幹部を批判する怪文書がまかれることなどは珍しくなくて、「不満分子のガス抜き」程度に考えられていました。危機感は、まったくなかったのです。

 でも、8月20日を過ぎたあたりで、知り合いの元幹部から「ガチで割れそう」と連絡があり、そこから本当に分裂騒動となっていったのです。当初は組織の内外の極妻はもちろん、関係者はみんな「分裂はない」とみていました。だって、ここまで暴排が進んでいると、組を出たところでメリットはまずありません。

元極妻が考える「山口組」ナンバー2の社会復帰

 一時は準構成員を含めて「4万人軍団」と呼ばれた山口組が、「六代目山口組」と「神戸山口組」に分裂してから、8月27日で4年がたちました。さらにその後に「神戸山口組」を離脱した関係者が「任侠山口組」を立ち上げ、現在の「三つの山口組」となっています。警察庁の発表では、この三つの山口組に関連した事件は8月13日現在で125件発生しているそうです。この1年は12件と少なかったのですが、2017年9月に起こった任侠山口組関係者の射殺事件の犯人はまだ逃走中ですし、暴行事件や車両特攻などもまだニュースになりますね。

 もう一つ、今年の10月に六代目山口組のナンバー2である高山清司若頭の出所が予定されていることも、警察とマスコミの緊張感を高めています。若頭は、銃撃のあった弘道会の会長も務めていますから、その事務所への銃撃が「宣戦布告」と取られるのは仕方ないでしょうね。

 六代目側は若頭の出所を「分裂終結のリミット」と決めているそうです。でも、こんな銃撃事件があるようでは、穏やかな終結は遠い感じです。

元極妻が考える「神戸山口組」銃撃事件

府中刑務所(法務省ウェブサイトより

 この原稿を書いている10月10日現在、台風19号の襲来が心配されています。どうか大きな被害が起こりませんように……などとしんみり書いておりましたら、台風襲来よりも先に大事件が起こってしまいました。

 報道などによりますと、10月10日の午後2時40分ごろ神戸市内で発砲事件があり、2人が負傷して救急搬送されましたが、搬送先で亡くなりました。現場にいたヒットマンがすぐに逮捕され、持っていた2丁の拳銃が押収されています。

 現場は神戸山口組の中核組織である山健組の組事務所前で、兵庫県警察本部から西に500メートルほどの住宅街です。この日は事務所で定例会が開かれており、その最中の出来事でした。

元極妻が考える「山口組」若頭・出所と「工藤會」総裁

 10月18日には、山口組のナンバー2である高い山清司若頭の出所が報道されました。早速ネット住民からファッションチェックされてましたが、特に大きな混乱もなく、傘下組織の事務所に入ったことが報じられていました。

 しかし、ニュースで「(事務所には)次々と(祝いの)重箱が運び込まれ……」とありましたが、なんでこういうことを書くんでしょうね。重箱を用意したお料理屋さんが暴排条例の「暴力団への利益供与」でアゲられたら、マスコミは責任を取れるんでしょうか。テレビを見ていてちょっと思いました。

 若頭の社会復帰で、三つに分かれている山口組がどうなるか……は、ヤクザ業界だけではなく、世間が注目しているようです。

元極妻が考える「山口組」ハロウィン終了

 今年は山口組による「ハロウィンのお菓子配り」がなかったことが、けっこう大きく報道されましたね。このお菓子配りは、三代目山口組の田岡一雄親分の時代から半世紀近く続いていたはずなので、ちょっと残念な気がします。

 2015年に山口組が分裂した時もお休みでしたが、あの時はいわば非常事態でしたからね。今回は、「暴力団からお菓子をもらってはいけない運動」によるもので、今後の存続が危ぶまれる事態になってしまいました。

 以前も書かせていただきましたが、去年くらいから神戸市の教育委員会が「暴力団はハロウィンをやるな!」とシュールすぎるアピールをしてましたね。

番外編:元極妻が考える「山口組」とハロウィン

 山口組は、なんと田岡三代目の時代からハロウィンのお菓子を配っていたと聞いています。近所の外国人の子どもたちが「Trick or treat」と言いながらヘンな格好でやってくるので、当初は意味がわからずお小遣いをあげていましたが、その後に由来を聞いて、お菓子を配るようになったのだとか。由来といっても、もともとはケルト人の儀式が、アメリカで仮装行列みたいになっただけらしいですけどね。

 田岡三代目は1981年に亡くなっていますから、70年代から子どもたちにお菓子を配っていたんですね。ハイカラでいい感じですが、この暴力団排除のご時世に、そんな牧歌的なお話は通用するわけがありません。

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最終更新:2019/11/21 13:00
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