【連載】オンナ万引きGメン日誌

91歳の万引き犯が、店長の葬儀に――Gメンが言葉を失った「塩辛泥棒」の切ない思い出

2019/08/24 16:00
澄江

「俺たち、毎日挨拶する関係だよね?」店長の悲壮

 被害品は、「塩辛職人」なる商品が2点で、被害金額の合計は859円(税込)です。身分を証明するものも持っていませんでしたが、店長が自宅を知っていることもあって、そこは重視されませんでした。小さなおばあちゃんの年齢は、91歳。足腰の状態は良くないものの、受け答えはしっかりしており、年齢よりは若い印象です。

「買えるだけのお金は、お持ちですよね?」
「申し訳ないけど、お財布を忘れてきちゃったから、一度家に行かないと用意できないねえ」

 家に忘れた財布を取りに帰るのが面倒で盗んでしまったと話していますが、空のレジ袋と家の鍵は忘れずに持ってきているので、ちょっと信用できない話に聞こえます。いずれにせよ、現在の所持金がゼロということに違いはなく、面倒な展開になる気配が漂い始めました。しばし沈黙が流れた後、悲しげな顔をみせた店長が、寂しそうな口調で小さなおばあちゃんに語りかけます。

「………ねえ、おばあちゃん。俺たち、毎日挨拶する関係だよね? 俺、おばあちゃんの家にだって、何度も行ってるよ。なのにどうして、こんなことするのよ? もしかして、いつもやってたの?」
「いつもってわけじゃないよ、ちょっと忘れちゃっただけだよお」
「今まで、たくさんの万引きを扱ってきたけど、こんなに悲しいのは初めてだよ。今までで、一番悲しいな。それ、買ってくれなくていいからさ、今後、ウチの店には二度と来ないで。出入禁止ね!」
「店長、悪かったよお。ここが一番近くて便利なの、知ってるだろお。もう絶対にしないから、許しておくれよお……」

 願い叶わず、立ち入り禁止の誓約書に署名させられた小さなおばあちゃんは、盗んだ商品を返還することで、警察に引き渡されることなく帰宅を許されました。店の外に出るのを確認する意味もあって、一緒にエスカレーターに乗り込むと、小さなおばあちゃんが私の袖口を掴んで言います。

「あんた、こんな年寄りをいじめて、本当に悪い人だよ」

 なにも返す言葉が見つからず、小さなおばあさんの背中を見送って事務所に戻った私に、全身に悲壮感をまとった店長が言いました。

「大事なお客さんだと思って接していたのに、本当にショックですよ。万引きが減るのはいいけど、お客さんまで減っちゃうと困りますよね。今夜は、眠れそうにないな……」

 自分の仕事を全うした結果、関わる人たちに嫌な思いを残してしまった現実が重く、この日は複雑な気持ちを抱えたまま帰路についたことを覚えています。

 通夜当日、ご焼香を終えて会場を出ると、記帳の列に小さなおばあさんの姿がありました。何気なしに後方を振り返れば、素敵な微笑を浮かべた店長の遺影が煌々と輝いています。

(もう許してくれているはずよ)

 心の中で声をかけた私は、少し晴れやかな気分で、一粒の涙を落としました。人のつながりは、捨てたものじゃないのです。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

最終更新:2019/08/24 16:00
新品本/万引き老人 「貧困」と「孤独」が支配する絶望老後 伊東ゆう/著
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