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関ジャニ∞横山裕は、実力派舞台俳優の道を着実に歩み始めている。「北齋漫畫(ほくさいまんが)」

2019/07/03 20:00
サイゾーウーマン編集部(@cyzowoman

 劇場へ足を運んだ観客と演じ手だけが共有することができる、その場限りのエンタテインメント、舞台。まったく同じものは二度とはないからこそ、ときに舞台では、ドラマや映画などの映像では踏み込めない大胆できわどい表現が可能です。

 ジャニーズ事務所のタレントたちが、何歳まで“アイドル”でいなくてはいけないのかは、常に注目を浴びる話題です。年齢的にもアイドル活動は休止し、俳優業にキャリアをしぼりたいという所属タレントの意向が噂されることもたびたびですが、近年のジャニーズ所属タレントたちの舞台への出演歴をチェックすると、事務所サイドも(アイドル活動との両立はともかく)演技派俳優への育成もしっかり視野に入れていると実感することが増えました。

名作に抜擢
 そのひとつといえそうなのが、現在上演中の舞台「北齋漫畫(ほくさいまんが)」です。昭和から平成を代表する劇作家、矢代静一の戯曲に、新国立劇場の演劇芸術監督も務めた演出家、宮田慶子が満を持して挑む公演に主演しているのは、関ジャニ∞の横山裕。劇中の半分は老人姿でアイドルとしてのキラキラを封印し、表現者としての新境地に挑んでいます。

「北齋漫畫」は俳優座や文学座などで活躍した矢代により1973年に発表された戯曲。ともに浮世絵師が主人公の「写楽考」「淫乱斎英泉」と合わせた「浮世絵師三部作」の2作目で、矢代はこの三部作で芸術選奨を受賞しています。「北齋漫畫」初演で主演したのは緒形拳、1981年には同じく緒形の主演で映画化もされています。

 江戸下町の御用鏡磨師・中島伊勢(渡辺いっけい)の養子、鉄蔵(のちの葛飾北斎、横山裕)は絵師を志すものの、奔放な性格から師匠に破門になってばかり。若いころにできた娘のお栄(堺小春)とともに、下駄屋の婿養子で読本作家志望の友人・佐七(のちの曲亭馬琴、木村了)の家に居候しながら絵を描き続けていました。あるとき鉄蔵は、ミステリアスな魅力を持つお直(佐藤江梨子)と出会いほれ込みますが、小悪魔的な彼女に養父の伊勢ともども翻弄されます。

 時はめぐり、鉄蔵はすでに80歳すぎ。絵師として絶大な名声を手にしましたが、いい加減な生活は相変わらず。かつてのお直に生き写しの女性と遭遇し、彼女から新たな絵のインスピレーションを得ていきます。

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 北斎はとにかく、傍若無人で傲慢。惹かれているお直を、伊勢からお金を引き出すネタとして差し出すことにもためらいはありませんが、絵の才能と情熱は人一倍。ちょいワルでありながら、まだ幼い娘と兄妹のようにじゃれる様子は、アイドルとしての横山を愛するファンにとってとても魅力的だったはず。

老け役にも臆さない
 ですが、役者・横山のガッツを強く印象づけられたのは、老齢になってからの北斎でした。かなり精巧な老けメイクにはげた白髪のカツラ姿、声もしっかり老人風に作っているのに、北斎の衰えない向上心を示すかのような覇気が感じられました。

 北斎は、お直そっくりの彼女のことを「お直」と呼び、借金をしても着飾らせ贅沢をさせます。新しい「お直」を見ているだけで男の本能がよみがえり、股間を押さえて「何年振りかでピーンと!」と叫ぶ場面は、コミカルでありつつも、思い切ったなぁという驚きがありました。

「お直」をモデルに、北斎は新しい春画に取り掛かります。それは、股間に大きな蛸、口には小さな蛸が吸い付いた海女が身もだえる「蛸と海女」。従来の春画の、いかにも粗暴な男にいたいけな女性が蹂躙される構図ではなく、女が蛸をおもちゃにしてみずから楽しむ風情を写し取るため、北斎は「お直」の着物をはだけてまたがり、その肌に本物の蛸を這わせます。「魔性の女の百面相さ」と目をギラつかせていたのは絵のことのはずだったのに、彼女の喘ぎ声を聞いているうちに「ちくしょう! 若さが欲しい!」と絶叫するのは、幾年月ぶりの勃起に股間を握る姿よりも、ずっとセクシャルでした。

 人気作家・曲亭馬琴となった佐七と、北斎の絵の手伝いと生活の面倒を見つづけて独り身のままのお栄は、ともに老齢を迎えたことで、歳の差を越えて心を通わせていきます。春画は高額の報酬が得られるため「お直」は協力に積極的でしたが、佐七とお栄がいたわり合う様子を目にした北斎は「こんなに美しいものはない」と、また新たな画風に目覚めていきます。もうお金を引き出せないと判断した「お直」は男と去り、お栄もついに北斎の横暴さに見限って佐七とともに北斎の下を出ていきますが、彼の臨終の際、その手を握ってくれたのは、戻ってきたお栄でした。

 ときにはキツい言葉の応酬を交わしながらも北斎の才能を物心両面で温かく応援した佐七の木村は、誠実さと堅実さの表現がさすが。また、お栄の堺も、誰よりも北斎の絵の信奉者であり、だからこそゴーストライターの役割を納得して受け入れていたことの説得力と、そして父娘でありながら母親のような包容力との両立が秀逸でした。偏屈で怒鳴り散らしてばかりの老人である北斎が、けっして嫌悪するべき人物にみえなかったのは、横山の努力もさりながら、このふたりの技量と存在感が大きかったように思います。

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 横山の舞台出演は、倉持裕演出「上を下へのジレッタ」以来約2年ぶり。倉持裕は小劇場から大規模な作品まで幅広く手掛け、演劇界での評価の高い劇作家・演出家です。そんな倉持や「北齋漫畫」演出の宮田という、演劇界での王道や本格派のクリエーターからコンスタントに声がかかるのは、役者として、彼らの厳しいめがねにかなったという証し。人気アイドルとしての活躍と、舞台人としての評価が両立できることは、演者はもちろんですが、アイドルファンにも演劇ファンにも、幸せなことだと感じるのです。

最終更新:2019/07/03 20:00
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