インタビュー

川崎殺傷、池袋・大津事故――「被害者報道」めぐるマスコミ批判に、報道記者はどう答える?

2019/07/07 16:00
サイゾーウーマン編集部(@cyzowoman

報道記者の仕事は「歴史を記す」こと――実名報道の理由

――ネットを中心に「被害者報道の在り方」を問う声が過熱しています。この現状について、どのように感じますか?

A氏(以下、A) 匿名の人がネット上で意見を言うことが当たり前になった今、「被害者の実名を報じるな」などの声が出ていることはもちろんわかっています。しかし報道記者として……もっと言うと“報道の精神”として「実名報道」というのは原則です。

 記者にもよると思うのですが、私はこの仕事を「歴史を記し、後世に伝えていく仕事」だと考えています。極端な例になりますが、安土桃山時代の関ヶ原の戦いで、当時10代だった小早川秀秋が石田三成を裏切り、徳川家康に寝返ったという話は、歴史上の出来事として広く知られていますよね。それは「小早川秀秋」という実名だからこそだと思うのです。例えば、「10代の武士」としか記録されていなかったら、日本の歴史上、大きな影響を及ぼしたこの戦いの真相を知ることはできなかったはずです。

――ほかにも、「実名報道の意義」について、思うところはありますか。

A 私は、「報道とは世の中に議論を起こすためのもの」だとも思っています。例えば、池袋暴走事故でも、被害者の実名と顔写真が出ましたが、もし「30代の女性と3歳の娘さん」としか伝えられなかったら、もちろん皆さん「かわいそうに」とは感じるものの、高齢者の免許返納問題がこれほど議論されることはなかったのではないでしょうか。

 事件や事故が起こった際、ネットでは「被害者の実名や顔写真を出す意味がわからない」と怒る人もいますが、こうして報じられたからこそ、被害者母子への「かわいそう」という気持ちがさらに強くなり、高齢者の免許返納問題について考えなければいけない機運が高まったと、私は理解しています。

――池袋暴走事件では、亡くなられた被害者女性の夫が会見を開き、顔写真の公開を行いましたが、それも「さまざまな議論がなされ、少しでも犠牲者がいなくなる未来」を考えてのことと、お話されていました。

A 旦那さんは、弁護士の方と一緒に考え、会見を開いてくれたのではないかと思っています。

 なお、池袋暴走事件に関しては、事故が起きた日の夜、旦那さんの話を聞きたいと、記者たちがご自宅の前に集まっていました。旦那さんの立場としては、我々の取材は「過熱しすぎである」と思われて当然だと思いますが、しかしそれでも、我々はご遺族に真摯に向き合い、二度とこのような事故がないように、どうすればいいのかを考えるため、取材させていただきたいという思いを持っていたのです。

――「実名報道をやめてほしい」というご遺族の方に対して、どう向き合うべきだと思いますか。

A ご遺族の気持ちを考えたら、亡くなられた家族の実名や顔写真が出ることを「やめてほしい」と思う方がいるのは当然です。もし自分が同じ立場だったら、嫌だと感じるでしょう。それでも、やはり「実名報道は原則」を我々は忘れてはいけないと思います。我々は、ご遺族の方に対して、最大限「なぜ実名報道をしなければいけないのか」という理由を申し上げる。その努力をするべきだと感じています。ただ晒したいから、実名や顔写真を報じているということは絶対にありません。川崎の事件で亡くなられた男性は外務省職員で、実名や顔写真以外に、どのような仕事をしていたかについても詳しく報じられていましたが、それは男性が“確かに生きていた“ということで、その人生を奪ったことが、どのような意味であるかを世の人に考えてもらいたいと思うわけです。逆に……全てが隠されている方が違和感などを感じてしまうところもありますね。

――「違和感」というのはどういうことでしょうか。

A 「亡くなられたのは30代の男性」だけしか報じられないと、何か隠されているのではないか……と感じてしまうのではないでしょうか。例えばアメリカだと、加害者や被害者だけでなく、事件・事故の目撃者のインタビューでも実名かつ顔出しなんです。文化の違いもあるでしょうが、「隠す理由がない」のであれば、実名は原則であるべきだと感じます。

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