田房永子・音咲椿対談【前編】

毒親被害と「男女差」を考える――彼が切り裂きたかったのは“へその緒”だった【田房永子×音咲椿対談】

2019/06/25 15:00
安楽由紀子

心理的には「殺人」が起きている

『婚約破棄で訴えてやる!』音咲椿/ウーコミ!

田房 音咲さんの人格は関係ないよー。私が悪かったとか、落ち度があったとか思う必要はまったくないから。彼がお義母さんと離れられないのは彼の問題だし、音咲さんは100%被害者。そういう人に巻き込まれてしまう要素はあるかもしれないけど、それは、自分の心が回復したあとで考えること。

音咲 “理想の嫁”じゃなかったのかなとか、考えてしまうんです……。

田房 “理想の嫁”なんか、ないないない!

音咲 Nのことがすごい好きだったのに、2人で生活した2年間、交際期間を入れると3年間を“何もなかった”ことにされたことがすごく悲しくて、受け入れられなくて。しかも、お義母さんから調停で「バカ女」と追い掛けられて、殺されてもおかしくない状況。2018年に、息子が妻を殺して母親と死体を遺棄した事件があったでしょう。あれ、私だったかもしれないと思った。

田房 心理的にはそれ(殺人)が起こってるんだよ。肉体的には殺されていないけど、彼らの世界のなかでは「殺さなければならない」ということだったのだと思う。

音咲 すごかったのが、Nとお義母さんのけんか。お義母さんが「同居しろ」と言ってきたときに、Nは「絶対に嫌だ」と言って電話をずっと無視していたんです。そしたら、お義母さんが私たちの家に押しかけてきたんですね。詳細はマンガに描きますが、渡していない家の鍵まで手に入れてて。それを知ったNが「殺してやる」と包丁を出して玄関に走って、「これはヤバい」と思った瞬間、お義母さんがドドドドッと入ってきた。

田房 ええ~! 怖い! なぜ!? 内側からもチェーンロックはしてたんですよね?

音咲 Nがロックを外しちゃったんです……。最終的には、義母がNに「許してあげる」と言って終わりました。

『母がしんどい』(田房永子・KADOKAWA/中経出版)67ページより引用

田房 オマエが引っかき回しておいて、何を許すんだという話。

音咲 私はそのとき、親子げんかで包丁が出てくるなんて、結婚したら今度は私に刃が向かってくる!? と思って、怖くなってしまって。

田房 その時Nさんが包丁で切ろうとしたもの、それは「へその緒」ですよ。Nさんはまだ胎児で、お義母さんのお腹の中にいるような状態。成人している子どもを「胎児扱い」するお母さんっているんだよね。子どものほうはいつまでもお腹の中にいられないから、自分の母親はこういう人だと認めて、自力で生まれないとならない。だから、Nさんは「へその緒」を包丁で切ろうとした。内側からの帝王切開。本気で殺したいと思ったんじゃないと思う。その視点で考えるともしかしたら、当時のNさんは、自分の母よりもっと強い女の人に救い出してほしかったんじゃないかな……。代理母ではないけど、音咲さんの子宮・羊水を貸してもらって、僕を「生んでくれ」というような。彼にとってはそういうレベルの戦いだったんじゃないかな。

『母がしんどい』(田房永子・KADOKAWA/中経出版)65ページより引用

田房 私も、Nさん側として自分を振り返ると、自力で生まれるのってすごく難しかった。家出して当時の彼氏の家に転がり込んで、寄生させていただくみたいな感じで、依存先が必要だった。いきなり母親と1対1の尊重し合える関係にはなれない。いったんどこかで、「母親以外の胎内に入ってから、生まれる」という作業が必要な気がする。でも、それって殺し合いになるよね。お義母さんにしてみれば、自分の赤ちゃんを取られることだから憎いでしょう。

傷が癒えるのに10年かかるってこと
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