老いゆく親と、どう向き合う?【4回】

母を置いて仕事に行くのは“虐待”? 仕事とダブルで追い詰められ……【老いてゆく親と向き合う】

2019/05/19 19:00
坂口鈴香

お前は仕事に行って楽をしている

 福田さんは母親からも責められていた。「お前は仕事に行って楽をしている」と。常にそばで世話をやくことのできない娘に苛立っていたのかもしれない。女は家にいて家庭を守るものという観念の強かった母親だから、その言葉も当然だろうと福田さんは反論する気も起きなかった。

 もっとも、福田さんにとっては仕事をすることで四六時中母親と顔を突き合わせずに済むというメリットがあったのは確かだ。そうでなければ、母親の度重なる暴言で倒れてしまった父親のように、ウツになるほど追い詰められていた可能性も十分あっただろう。

 その反面、仕事と介護の両立も母親が言うほど楽なことではない。介護離職が大きな社会問題となっている時代だ。福田さんも例外ではなかった。

 実家に通って洗濯や食事づくりをし、自宅に帰るころには深夜になっていた。夫は「自分は好きなものを食べておくからいいよ」と言ってくれていたとはいえ、自宅の家事もある。数時間寝られればいい、という状態が続いていた。

「でも身体的な疲れはなんとか乗り切れます。極限だったのは精神状態。職場でも余裕がなく、同僚がランチ時に他愛ない話題で盛り上がっていても、その輪の中に入ることができません。私にはテレビを見る時間も余裕もなくて、見ているのは母の汚れ物くらい。何をしても気持ちが晴れることはありませんでした」

ホームに入っているから介護休暇を取る必要はない?

 会社は、福田さんが介護をしていることに理解がなかったわけではなかった。父親が入院したときに5日間介護休暇を取得したが、上司は快く許可してくれたという。

「ただ、あまり長くは休みづらい雰囲気がありました。私はほぼ独立した仕事をしているので、休んでも同僚に影響はないのですが、同僚は腫れ物に触るような感じで、介護のことには触れてきませんでした」

 今は両親ともに有料老人ホームに入り、福田さんは一時期の“介護地獄”の状態を脱することができた。ところが、いまだに社内では窮屈な思いをしているという。

「先日、今年分の介護休暇を申請しようとしたところ、上司から『ご両親はもうホームに入っているのに、なぜ休暇を取る必要があるんですか?』と言われて取得を認めてもらえなかったんです。本来、介護休暇は毎年取得できるはずです。でも上司からこう言われてしまうと反論してまで取得するのはためらわれます。これからは、有給を取りながら対応していくしかないですね」

 福田さんはすっかりあきらめているが、親が施設に入ったからといって、上司が「もう介護休暇は必要ない」と断定するのはおかしなことだ。

「うちの場合、母親が同じホームに入ったことで、また母親からの暴言を受けることになりました。憔悴した父から『助けてコール』が入ると、実家に一時避難させたり、気晴らしに食事に連れて行ったりする必要があるんです。精神的にダメージを受けている父に寄り添ってあげたいし、定期的な通院の付き添いもホームから家族が同行してほしいと言われています。うちの会社では、介護休暇の積み立て制度のようなものも新たに設けられました。取りきれなくて消滅する前年度の有給を介護用として積み立てるという制度らしいのですが、これも今のところ絵に描いた餅です」

 親がホームに入ったからといって、介護が終わったわけではない。福田さんは「その時々で問題は変化するし、なくならない」と感じている。

 制度がいくら充実していても、使えなければ制度がないのと同じ――福田さんの言葉にうなずく人は少なくないはずだ。

坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。 

【老いゆく親と向き合う】シリーズ
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最終更新:2019/05/19 19:00
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