[官能小説レビュー]

パートナーとのセックスはつまらない? 林真理子「美和子」が描く、快楽の極みにあるもの

2019/03/11 19:00
いしいのりえ
『秘密』(ポプラ社)

 パートナーとのセックスに不満を感じる女性は少なくないだろう。そして、男女間の相性というのは「セックス観」も強く反映されることが多い。性欲の強いパートナーに対して、あまりセックスが好きでない相手であれば、自然と互いに不満が募るだろう。対して、お互いのセックス観が似ているカップルは長続きしやすいものである。

 セックス問題は、いざ結婚となると非常に厄介だ。これから先の長い人生、たった1人の男性としかセックスをしてはならなくなる。そう考えた時、果たして現在の交際相手とのセックスで満足ができるだろうか?

 今回ご紹介する林真理子氏の『秘密』(ポプラ社)には、表題をテーマに8つの短編が収録されている。中でも今回注目したいのが、「美和子」だ。

 主人公・エミ子の友人である年下の美和子は、近々結婚を控えている。大きなハム製造会社の経営者の娘として生まれた美和子は、申し分ない家柄に加え、清楚な美貌と「お嬢様学校出身」という肩書を持つ、完璧な女性。しかもフィアンセは学生時代から交際している医者だ。そんな彼女が、エミ子に対して突拍子もない相談を持ちかけてくる。「結婚するまでに、『すごいセックス』を体験したい」というのだ。

 28年間生きてきて、一度もセックスに対して「それなり」の満足感しか得られなかった美和子は、結婚するまでに一度、狂ったような快感を得たいという。そこで、顔の広いエミ子に打診をしてきたのだ。

 困った素振りを見せたエミ子だが、美和子からの相談を受けて、ぱっと1人の男の顔が浮かんだ。AV界の革命児と讃えられた駒井監督だ。エミ子は駒井と連絡を取り、「サムソン村上」という、筋肉質で若いAV男優を紹介してもらうことになる。彼が出演したアダルトビデオを美和子に渡すと、彼女は快諾した。

 一晩50万。ホテルのスイートを取るようにと命じられた美和子は、サムソンと一夜を過ごす。2人の生々しい夜の報告を聞いたエミ子は、たとえようのない寒々とした気持ちに囚われる。そんな彼女の心配をよそに、美和子は無事に帝国ホテルで結婚式を挙げ、美しい花嫁姿を見せるのだが——。

「人生というものには結論を出さなくてもいい幾つかのことがらがある。美和子は早い時期にそれをひとつしてしまったのではないだろうか」

 美和子の赤裸々な告白を聞いた時の、このエミ子の感情が、実に興味深い。これから人生を共に歩むパートナーとのセックスは「つまらない」と落第点をつけることによって、美和子はサムソンというセックスのプロとの行為を知ってしまったのだ。

 未知の快楽を知ってしまった美和子のラストシーンは、非常にもどかしいものになっている。大好きな相手に抱かれていても、心の中でどこか燻りを感じている女性は必読である。「愛している人とセックスすることが幸福」という、ステレオタイプの理屈など吹っ飛ばしてしまう。快楽を極めた先には愛や恋などない、ただ欲だけが残るのだ。
(いしいのりえ)

最終更新:2019/03/11 19:00
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