【特集:目黒事件から改めて虐待を考える】第2回

児童相談所の権限強化や警察との全件共有は、本当に救える命を増やすのだろうか?

2018/08/16 19:00

家庭への「介入」とはどういうことか

 それでは、「児童虐待八策」のいう「児相の組織改革」は必要なのだろうか。

 そもそも児相は、戦争孤児や浮浪児童に対応するために作られた機関。その後社会の変化とともに、素行不良の相談、いじめ・不登校の相談や子育て支援などを行い、家庭がうまくいくよう“寄り添う”存在であった。しかし虐待の対応においては、ときに児相が家庭に「介入」し、親子を分離させるケースもある。結果、分離された家族に感情的なしこりが残り、その後職員と関係性をつくれない状況に陥ることも。このねじれた体制に疑問を呈し、児相の機能のうち、「支援する役割」と「(家族の引き離しを含めた)介入する役割」を分けるべきという意見も少なくない。

 宮島さんはこれに対しても、反対の意を唱える。「福祉でいう『介入』とは、人が追い詰められている状況に対して、見て見ぬ振りをせずに、助けるために関わろうとすることです。“犯罪を防ぎ、取り締まる”、という警察的な介入とはまったく異なる」と、総合的な支援プランなしに「介入」という権力のみが使われることへの危惧を示す。

 現状、日々の業務に忙殺されている児相の現状を見れば、カウンセリングなどの一部の業務を他の機関や団体に委託することは適切だし効果的だという。ただし、「この親子をどうやって支援していくかを考える“ケアプラン”を描くことまでは分離してはいけない」と話す。

 児童相談所がケアプランを描く中で、子どもを一時保護することや、施設や里親へ子どもを預けることが親の意に反するケースは当然出て来る。このような場合は、家庭裁判所の承認が必要となる。このことについて、宮島さんは、「もっと活発に司法の関与を求めるべきです。児童福祉法の改正もその方向でなされ、一時保護の場合でも、2カ月を超える場合には家裁の承認が必要になりました。しかし、これらが不活発なことの最大の要因は、手間がかかる作業を担えるだけの体制がないこと。また、これをしなかったために死亡事件が発生するということは、親との対立を避けたというより、児相が危険を適切に判断できなかったことによるものが多い。組織としての判断力の向上こそが重要です」と言う。ただ判断を厳しくすればそれで良いのかというとそうとも言えない。強硬な判断によって家族が壊れることもあるという。

「最近は乳児院での一時保護が増えています。例えば、経済的に困窮していて、パートナーもおらず、妊婦健診も受けずにいた。どうにか病院での出産はしたが、ウィークリーマンション暮らしで、出産費用も一度に払うことができないというケースでは、リスク要因がそろっていますから、親としては育てる気があっても、児相が『これは育てられない』と判断して一時保護します。そうなると子を返せなくなるケースが多い。むしろどんどん長期化する。こういった親は、争う力が弱く表面化してこない。けれども実際には多数ある。日本では親権が強いといわれますが、はたして本当なのでしょうか。審査をせずに子どもを親から引き離す、強大な力を持っている。親子が一緒に暮らせるための支援は乏しく、異を唱えれば、『同意をしない、わがままな親』という烙印を押されてしまうのです」

間違った正義感では虐待はなくならない

 事件後、結愛ちゃんの両親に対して、ネットには、「極刑を望む」と「人間のすることではない」といった罵倒の言葉が並んだ。最後に、宮島さんはいう。

「結愛ちゃんの両親をただ鬼畜とすればそれで済むのでしょうか? 結愛ちゃんの1歳の弟は将来なにを思うでしょうか。『お姉ちゃんは、鬼畜の両親に殺された』『自分は鬼畜の子』『自分がうまれたからこんなことが起きた』と思うのではないでしょうか。怒りに駆り立てられた正義感は子どもを救うのではなく子どもと家族を追い詰めます。

 結愛ちゃん家族にとって弟くんが生まれたことは喜びであったはず。しかし、4人で幸せを築くことには難しさがあり、失敗してしまった。事件で足りなかったのは警察との協力や児童相談所の危機意識だけではありません。個人としての“私たち”も、その集合体である社会も、家族を救えなかった。市区町村の母子保健や児童福祉の仕組み、児童相談所という福祉の機関も、虐待という悪循環から2人の子どもたちと両親を救い出すことができなかった。そのような人や社会に焦点を当てた冷静な観点からの振り返りも必要なのではないでしょうか」

宮島清(みやじま・きよし)
日本社会事業大学専門職大学院教授。専門は、子ども家庭福祉とソーシャルワーク。特に児童虐待が発生した家族・援助を必要とする家族への支援、里親養育や児童福祉施設の援助とその仕組みに関することに取り組む。埼玉県庁に入庁し、福祉職として、児童相談所、同一時保護所、知的障害児施設、県本庁児童福祉課等に勤務した経験を持つ。

最終更新:2018/08/16 19:00
虐待・親にもケアを
加害者の親を責め続けても虐待はなくならない
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